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 そして九年間が過ぎた。

 最初の頃は部屋の隅でこちらをうかがっている子猫のようだった彼女も、今ではすっかり家族の一員に溶け込んでいる。


 幼い俺は、彼女がなぜうちにやってきたのか考えようともしなかったし両親に聞くこともなかった。いまでもそうだし本人にも聞いてはいないが、彼女の両親の都合で、知り合いであったうちの両親にあずけられたらしいことはなんとなくわかっている。


 ちなみに俺は彼女の両親と会ったことがない。彼女は両親と時々会っているらしいが、その話をうちではしない。妹が欲しいか、と俺に聞いたぐらいだから両親は最初から彼女をうちに引き取るつもりだったんだろう。


 俺は玲惟羅を実の妹のようにかわいがった。

 日本人の父親、アメリカ人の母親を持ち、ハーフである彼女はその姿からよくいじめられていたが、俺はそんなやつらを許さなかった。


 そんな彼女だったが、十歳の時突然自分は魔王の生まれ変わりだと言い出した。控えめで泣き虫だった性格は尊大で横柄に変わり、妙な口調でしゃべるようになった。


 魔王だと言っても魔法が使えるわけではないので、言動が少し変わった子扱いで今ではみんなスルーしている。


「ほらほら、玲惟羅ちゃんに見とれてないで早く食べなさい、遅刻するわよ」

「うむ、もう永一郎が外で待っているやもしれん」


 と玲惟羅は急かす母に同意した。

 俺たちが食事と支度を終え玄関を出ると、そこには中肉中背で眼鏡をかけていること以外これといった特徴の無い男が、俺と同じ制服を着て立っていた。


「御早うございます、シモンヌ・アレクサンドラ・ベルリオーズ陛下。そして陛下に忠誠を誓う我が同士羽生旭」


 眼鏡男子は出てきた俺たちに慇懃に会釈をした。


「うむ、出迎えご苦労である、新郷永一郎(しんごうえいいちろう)。だが予の本名にトラブルを引き寄せる力があるやもしれぬ。普段は荒木玲惟羅という人間界の名を使用するが良い」

「はい、申し訳ありません玲惟羅様。それではお荷物をお持ちいたします」


 永一郎は右手を差し出すと、玲惟羅はその行為を当然のように受け入れ、持っていた自分の荷物を彼に手渡した。荷物は学生用の紺色をした手提げ鞄と赤い小さなリュックサックで、どちらも高校入学に合わせて買いそろえたものだ。


 永一郎は左の手で自分の鞄、右の手で渡された玲惟羅の鞄を持ち、リュックサックは背中に背負った。まるで罰ゲームを食らっている小学生みたいな姿だ。

 今時の学生は背中に背負うタイプの鞄か、リュックサックだけの人が多いが、我が校は手提げ式の鞄での通学が校則で決められている。


 この自分から進んで罰ゲームを食らっている眼鏡男子の名は新郷永一郎。俺や玲惟羅と同じ中学校出身で、今年の春から同じ嵐川高校に通う。

 成績はぎりぎりだったのに、玲惟羅と同じ高校に行きたいがために、周りの反対を押し切り入試を受けた。

 その結果何とか補欠合格できた。自分は魔王の生まれ変わりだという玲惟羅のたわごとを信じ、忠実な家来となっている。


「あまり、玲惟羅を甘やかすなよ永一郎」

「何を馬鹿なこといってるんだ旭! 重い荷物を持ったせいで、玲惟羅様の白魚のような美しい手に醜いマメができたらどうするんだ!」


 俺の何気ない一言に目をむいて永一郎は反論する。


「永一郎の言う通りであるぞ。良き下僕とは常に主のために何ができるのかを考えているものぞ。旭はその辺の配慮が足りぬ」

「玲惟羅様といっしょに暮らしているからといって自分が特別だなんて思うなよ。そのうち全人類はあまねく陛下の下僕になるんだから」

「その通り、遅からず予は世界を支配する。それより急がぬと遅刻するぞ」


 荷物を永一郎に預け身軽になった彼女は、先頭になって歩き出す。金髪をなびかせながら、モデルのような体型をおしめもなく通行人の視線にさらす。

 彼女の後ろをついて歩く俺と永一郎は、他の人からはまさしく主人とその従者に見えるだろう。


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