5

 持ってきた専用シューズに履き替えて体育館に入ると、さっき昼食を邪魔した先輩がバスケットボールを抱えて中央で待ち構えていた。

 彼は数人の取り巻きと一緒に、こちらへニヤニヤと気持ち悪い笑みを向けている。それだけではなく結構な数の男女のギャラリーがいる。

 おそらく、彼も適当にあしらわれたのはわかっていて、たくさんの人が観ている前で俺をこてんぱんにし、大義名分を作ろうとしているのだろう。

 もしくは単に振られた腹いせを晴らそうとしているのかもしれない。


「あの男だよ」

「うむ、やはり覚えておらぬ」

 

 俺は勝負を挑んできた男を指さし、玲惟羅に教えたが、彼女はかぶりを振った。

 彼女にモブ扱いされている事を知らないかわいそうな先輩が、交互に両手でボールをゆっくり床に打ち付けながらこちらに来る。


「おお、玲惟羅さんも来てくれたんですね。こいつに勝ったらつきあってくれるって約束、覚えてるよね」


 俺のことをこいつ呼ばわりかよ。モブのくせに。


「うむ、予に二言はない。約束通り旭と正々堂々と勝負して勝ったら予はお主のものじゃ。ただし負けた場合お主は予の下僕となり、その一生を捧げるのじゃ」


 玲惟羅は覚えていない約束事を、皆の前で堂々と明言した。

 それを聞いた観客の女子から悲鳴が、男子からは嘲笑があがる。


「先輩、モテますね。女子からブーイングがあがってますよ」

「俺は誰か一人の物なんかにならない。一生一人の女性に束縛されるなんて人生、つまらないだろ」


 やはり見た目通りチャラいやつだった。ぜってーこいつに玲惟羅は渡さない。俺は闘志を燃やした。


「で、先輩。勝負方法はなんですか」


 見りゃわかるけれど一応聞いてみた。ちなみに勝負方法は俺に選択権がない、相手が選ぶ。

 相手の得意なことで負かして心を折り、玲惟羅から遠ざける。


「こう見えて俺はバスケットボール部でレギュラーを務めている。当然バスケで勝負だ」


 俺も先輩も制服のまま、上着を脱ぎネクタイを外して若干身軽になる。

 俺は体育館シューズ、だが先輩はバスケットシューズをきちんと履いている。


「勝負方法はワンオンワン。ルールは交互に攻撃、点が入るかボールを奪われたら攻守交代、最終的に点が多い方の勝ち」


 彼はボールを右手の人差し指の先で回しながら、ギャラリーにも聞こえるように少し大きな声でルールを説明した。


「制限時間はあと十分くらい、昼の予鈴が鳴るまで。審判はここで見ているギャラリー達だ」


 男女合わせて三十人くらいの野次馬が集まっている。

 いつの間にかその中に祐乃も混じっていた。彼女は一人ではなく、一年女子も一緒だ。

 よかった、友達ができていたようだ。祐乃はチアガールが使うような黄色いポンポンを両手に持ち、それを高くあげ思いっきり振って俺に声援を送る。


「あきちゃ~ん、負けてなの~」


 声援ではなかった。ネガティブオーラに包まれた、めったに見られない黒祐乃がそこにいた。周りの女子が苦笑いしている。


「玲惟羅様をそんな男の敵に渡すなよ」


 と永一郎は俺に檄をとばす。玲惟羅はただ腕を組みこちらを見ている。


「では試合開始、お先にどうぞ」

「どうも先輩」


 俺は一旦ハーフラインの外に出た。

 攻撃のために再びコートに入ると俺はゆっくりとボールをバウンドさせながらゴールに近づいた。

 先輩はゴールの近くで両手を広げ、やや腰を落として待ち構えている。

 彼をよけて大きく迂回のコースを取った俺は、速度を上げて進みゴールの右側から上に向かってシュート、のはずだった。

 だが飛び上がった俺の手にはボールはなかった。

 シュート直前、先輩にボールを奪われていた。


「はい、おつかれさん」


 ボールを床にバウンドさせながら先輩は笑みを浮かべている。彼の取り巻き男子からは拍手と声援があがる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る