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「羽生旭というのはどいつだ!」
見知らぬ男が教室の入り口で俺の名前を呼ぶ。
羽生旭はこのクラスには俺しかいないが、なんかやっかいごとがやってきたようなので当然無視をきめる。
「先輩、こいつです」
永一郎がすっくと立ち上がり俺を指さす。余計なことを言うなとにらみつけてやったが、どこ吹く風の表情。彼はトラブルが大好物である。早速なにかが始まったとワクワクして満面の笑みを浮かべている。
その男が先輩だと分かったのは、ネクタイの色が学年別になっているからである。一年は青、二年は赤、三年は緑、その男はネクタイが赤だったので二年生である。
その二年生はつかつかと俺のそばに寄ってきて言った。
「ふーん、おまえが羽生旭ねぇ」
値踏みするかのように視線を俺の全身に沿って上下させる。俺は無視を決め込み食事を続けている。
「一年一組の荒木玲惟羅を知ってるな」
「いいえ知りません」
はっきりと答えた俺に先輩は驚いた。だが、自分が煙たがれているというのを察知したのか話を続ける。
「彼女に昨日交際を申し込んだんだが断られた」
「そりゃお気の毒様です。でも心配しないで下さい。先輩ならきっといつか運命の人に出会うはずです」
先輩は俺の言うことを聞き流し、話を続ける。
「それでも俺の熱意が伝わったのか、つきあうのに条件を出してきた」
あまりしつこいので適当な条件をつけてあしらわれたんじゃないすか?
とは口には出さなかった。
「その条件とはなんだと思う?」
「さあ」
俺はかぶりを振った。本当は心当たりがあるんだがあえてわざととぼけた。
「おまえと勝負して、勝ったらつきあってもいいと言われた」
やはりそれか。玲惟羅が告白を断るときの常套句である。
金髪碧眼でスタイルも良く銀幕のアイドルのような彼女には、言い寄る男が後を絶たない。
しかし、人類は全員家来と称している玲惟羅には、誰か特定の男子とつきあう気は無い。だから全員断るが中にはしつこいやつもいる。そこで俺と勝負して勝ったらつきあうのを考えてもいいと言うが、逆に俺との勝負にさえ勝てばつきあえると曲解するやつらがいる。
「昼飯を食い終わったらすぐに体育館へ来い。勝負を断ってもいいぞ、そうしたら俺の不戦勝だ」
そう言い終えると颯爽と教室から出て行った。
「いかにも女には不自由してませんよー、というタイプの人だね」
永一郎が彼の見た目の感想をもらした。
朝、鏡と一時間はにらめっこして決めているであろうヘアスプレーで固めた髪型と手首のキラキラしたブレスレット、大きく緩めたネクタイに外したワイシャツの第一ボタン、高そうな腕時計。一言で言えばチャラい。
一度断られたぐらいでは諦めずに何度も言い寄るようなやつは、自分に自信がありすぎる人たちだ。自分が振られるなんて事は絶対に無い、押せばなんとかなるだろうと考えている。
「さぁ急いで弁当を食べ終えて体育館にいかないと、気が進まないけど」
俺は弁当箱を持ち、わずかに残ったおかずとご飯を口の中へ箸でかき込んだ。
「どんな勝負を挑んでくるか知らないけどこてんぱんにのしちゃえ。玲惟羅様手作りのお弁当を食する時間を邪魔した罰だ」
弁当を食べ終えた俺たちは、それを巾着袋にしまっただけで机の上の残し、二人で教室を出る。すると廊下で玲惟羅に行き会った。昼休みで人々がごった返す廊下でも、彼女は目立つので一目で分かる。
「あ、玲惟羅様。お弁当、味合わせていただきました、ありがとうございます」
永一郎は彼女に深々と頭を下げ、礼を言った。
「なんのなんの。出来合いのものを詰め込んだだけの弁当ぞ。だがそれだけ喜んでくれるとこちらも作ったかいがあるというものじゃ。あんなもので良ければ明日も明後日も施してやろう」
「おお、誠ですか!? この新郷永一郎喜びで体が打ち震えております」
彼はどこかのミュージカルに出てきそうなステップと手の動きで喜びを表現した。
「ところで二人とも急いでどこかに行くようにみえたが」
「そうだった。のんびり世間話をしている場合じゃない。これから体育館に行って一勝負だよ」
「勝負ってなんのじゃ?」
「二年生の・・・・・・そういや名前を聞いていなかったな。そいつは玲惟羅に俺と勝負して勝ったらつきあってもいいと言われているらしい」
「・・・・・・覚えておらぬ。何者じゃ」
「昨日玲惟羅に告白したとも言っていたな」
「昨日・・・・・・ああそのようなものもいたな。どの男のことか存ぜぬが適当にあしらったつもりじゃが、本気にした者がおったのか」
「どの男? たった一日で複数の男にコクられたのか。さっき昼食中に現れて、体育館に来いと一方的に言われたよ」
「そうか、それは煩わせてすまぬ。では予の責任じゃ、立ち会わないとならぬな」
永一郎の妙な踊りをいいかげん止めさせて、三人で体育館に向かった。
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