第219話 柳生再び

 秀吉は秀頼を連れて地下の抜け道を進んでいた。まさか大阪城がここまで攻められるとは思っていなかったが、もしものために極秘で作らせた逃げ道が役に立った。右近の長距離砲が出来たとして、仮に信勝を殺したとしても遅すぎる。機を逃してしまった。正信は、誤算は毛利の敗戦、あそこでそのまま信勝を殺しておけば勝機はあったと、清正も死ぬことはなかっただろうと言っていた。その正信は抜け道出口を確保しているはずだ。ここを知る者はごく僅か、城に敵が集中している今が逃げ時だ。ここを出てそのまま日本海を船で乗り九州へ、そこまで行けば立て直せる。余は正式な関白なのだ。


 抜け道を進むと座っている男がいた。風魔小太郎のようだ、なぜここに?


「小太郎か、なぜここにいる?」


「ちょっと怪我をしてな。治療を兼ねて休んでいた。殿下、わしも付いていく。わしの敵は勝頼だ、どうやら近くまで奴が来ているようだ。殿下といれば向こうから寄ってくるだろう」


「勝頼か。奴は来ないよ、今頃は城を攻めてる。そんな事よりなんでこの抜け道を知っている?」


「風魔をなめないでもらいたい。まあいい。だがいい判断だ、逃げるなら今しかない。上杉の陣があったところに出口があるというのも偶然とはいえ、いや殿下に運があるのだろう。今あそこには敵は誰もいないはずだ。東側は山県昌景隊がうろうろしていたぞ、そのうちにこの北側まで来そうだが今なら間に合うだろう。ただ、気になるのが」


「なんだ?」


「勝頼だ、あとは異様に勘のいい前田慶次郎」


 またあの2人か。いつも俺の邪魔をする。まあいい、今回は勝ちを譲ってやる。九州まで行けば立花や島津がいる。それに九州までは追ってこれまい。俺はもう長くないが、秀頼の時代にはまた時の流れは変わるだろう。関白は秀頼に引き継がせる。勝頼が死ねばまた時代は動く。




 秀吉は抜け穴を出た。そこには本多正信が兵五百と共に待っていた。


「お待ちしておりました。秀頼様は籠にお乗りくださいませ。殿下、この者達はそれがしが本願寺にいる時に使っていた僧兵です。武術、剣術に優れております。古今東西これだけの強者はなかなかおりません」


 護衛か。出番は無いはずだが備えあれば何とかだな。


「おう、よくぞ参ってくれた。大義じゃ。よろしく頼む」


 秀吉は余裕のある顔で護衛達一人一人に優しく話しかけた。荒くれ者の集団である護衛達は、関白っていい人じゃん、俺たちに任せとけ!みたいな気分になって護衛を始めた。人たらし名人の秀吉ならではの挨拶だ。人間は気持ちで生きている。それだけで攻撃力、防御力20%アップみたいな気分になっている。そしてそのまま北へ向かって移動を始めた。いつの間にやら秀頼の籠には沙沙貴彩が付き添っている。





 大阪城ではお幸がゼータから抜け出し、なんとか2階に登ると井伊直政が倒れ、本多忠勝が一人の男と向き合っていた。上杉や他の兵は3階に上がったようだ。

 と、その時お幸を苦無が襲った。忍び刀で苦無を弾き距離を取った。


「くノ一だったか。あの龍の操縦士は」


 苦無を投げた男、甲賀三郎という。甲賀十七人衆と言われる棟梁の一人で2階の警備を任されていた。城は鉄壁に思えた。この城にどうやって侵入できるというのだ、と思っていたが結果はこの通りだ。武田兵の多くはすでに3階まで到達している。甲賀にも意地がある、せめてここで龍の操縦士を仕留めてやろうと待ち構えていたのだ。あの龍を操る者はよほどの男であろうと見張っていれば出てきたのはくノ一だった。女だろうが手練れに違いない。

「甲賀者ね、もういいんじゃない?これ以上戦っても無駄でしょ?」


「そうはいかん。お主の龍や武田の攻撃で多くの仲間が死んだ。仇をとらしてもらう」


 三郎は話しながら斬りかかってきた。お幸は受け流しながら、『こいつ、強い。でも高さんほどじゃあない』と相手の力量を見極めた。三郎は距離をとっては苦無、近づいては刀を振るったがお幸にいなされてしまう。ならばと、床に向かって炸裂玉を投げた。小さな爆発音と共に床面が散った、三郎はその隙にお幸に向かって飛び込んで刀を十字に振るった。


「甲賀流刀術 十字斬り」


 ところがそこにお幸はいなかった。もしこの場所が外で地面だったなら結果は違ったであろう。砂埃が舞いお幸の動きが一瞬鈍ったところを三郎の刀が届いていたかもしれない。だが、ここは大阪城の2階。砂埃が舞うわけがない。お幸は三郎の動きを見てバックステップしながら苦無を投げていた。苦無は三郎の喉をかすめた。三郎は咄嗟に避けたのだ。だが、体制が崩れたところをお幸の忍び刀に斬られた。お幸は楓が死んでから暇さえあれば高城との体術訓練を行ってきた。おかげでお幸には三郎の動きが遅く見えたのだ。


 お幸はあらためて本多忠勝を見た。一人の剣士と向き合っている。お互いに怪我をしているようだ。戦いで怪我をしたことのないと言われている(実際には違うが)忠勝が血を流している。


「その剣術、大御所に似ている。何者だ?わしは武田家に仕える本多忠勝」


忠勝が大声で叫んだ。


「手強いと思えば大物でござる。拙者、柳生五郎右衛門と申す」


柳生五郎右衛門、宗矩の兄だ。柳生家は総出で秀吉に味方をしていた。


「柳生殿。見事な腕前、ここで引かぬか?もう戦は決した。お主のような腕の立つ若者を殺したくはない」


「老いましたか忠勝様?甘い事を言う。ここで本多忠勝を討ち取って柳生の家名を天下に轟かせましょう」

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