第220話 剛の本多忠勝、柔の柳生五郎右衛門

 お幸は戦闘の邪魔にならないように回り込んで倒れてる井伊直政のところへ行った。


「井伊様。大丈夫ですか?」


「これはお幸殿。いたたたた、足と脇腹を斬られました。忠勝様が来なければ今頃は」


 そういう事ね。あの男にやられてるところに忠勝様が助けに入ったって事か。だが、直政様とて結構強かったはず。それにあの忠勝様が血を流しているなんて。さっき、柳生って言ってたよね?もしかして、あの?あの柳生?

 お幸は武田情報網から上泉伊勢守の行方を聞いた事があった。柳生という家の者に陰流を教え、それが昇華し新陰流になったと。柳生家は恐るべき剣術使いの家系になっていると。


「さっきあの男は柳生五郎右衛門と名乗っていました。柳生新陰流とかいう流派の剣豪です。井伊様が負けても仕方ないかと」


「剣豪ですか?只者ではないと思いましたが、それがしが全く歯が立ちませんでした。ですがいかに剣が優れようとも忠勝様には敵いますまい」


 その忠勝だが、自慢の槍を振るうも躱され刀の間合いに入られそうになり引くという事を繰り返していた。恐らく一度そのタイミングで斬られたのだろう。忠勝の肩が少しだが斬られている。忠勝の剛の槍に対し、五郎右衛門の剣は柔だった。お幸の目には分が悪く見えた。


「忠勝様には相性が悪い相手ね。高さんの動きとも違う柔らかさ、うーん、世の中は広い」


「お幸殿、何を言っておられるのですか?忠勝様が負けるとでも!」


「多分ね、私なら勝てるけど」


「!!!」


 忠勝は強い、戦場では無敵とも思えるほどに。それは迫力、威力、覇気で身体がふた周りほど大きく見えるため威圧感で敵が引いてしまう事も起因している。もちろんそれだけでなく実際にも強いのだが。だが、この相手にはそれが通じない。忠勝の威を軽くいなし空いた隙を的確に狙ってきている。


 戦いは続いているが、忠勝の息が上がってきた。ここまで忠勝は大谷刑部を打ち破り、城へ侵入し大暴れしてきた。かなり体力を消耗している。お幸が声をかけた。


「そこまでね。忠勝様、お引きくださいませ。あとは私が引き受けます」


 五郎右衛門はお幸を見て、


「もしや、龍を操っていたのはそなたですか?」


「武田勝頼が側近、お幸と申します。もう勝負はついております。忠勝様はここまでかなり疲労がたまっているご様子。その忠勝様に勝っても大した自慢にはなりませんよ。もしこれ以上お続けになるなら私がお相手致します」


 忠勝は、


「お幸殿。これはそれがしの戦、邪魔立てはしないでいただきたい。戦いに負けて女子に助けられたとあってはこの本多忠勝、末代まで恥を残すことになる」


 そう言うだろうと思ってギリギリまで待ったんだけどね。もうこのまま続けたら死ぬ事わかってるだろうに。その時、柳生五郎右衛門は刀を鞘に納めた。


「お幸殿と申されたか。このまま忠勝殿に勝ってもその後にそなたに斬られる事になりそうだ。先程柳生にしかわからない合図があり、弟宗矩が死にました。それがしまで死ねば柳生新陰流が途絶えることになる。我らが使命は柳生新陰流を世に広め、柳生の名を残すことにある。どうであろう?この大戦、どういう結果になるにせよ終わればしばらくは世も大人しくなるだろう。あらためて手合わせをさせて貰えないだろうか?」


 五郎右衛門は忠勝と戦いながらお幸と甲賀三郎の戦いを見ていた。見事な勝ち方だった。戦もすでに負け戦になっている。生き延びる事を優先しようと思っていたら井伊直政が突っかかってきた。退けたらあの猛将本多忠勝が現れた。倒せると思ったら手練れのくノ一が現れた。いい加減にしろという気持ちもあるが、流石にこれでは生き残れそうもない。宗矩亡き今、自分が生き残ならければならぬのだ。父上は秀吉に仕え柳生新陰流を広めるつもりだったがどうやらそれは悪手のようだ。


「なかなか上手くはいかぬものよ。忠勝殿、引いてくださぬか?いずれどこかで会える事もあるでしょうし」


 五郎右衛門は槍を構えて構えを解かない本多忠勝へ問うた。忠勝は面白くない顔をしながら、


「お幸殿。それがしは負けて引いたのではござらん。そこのところは譲れんぞ」


 強がっている忠勝だが五郎右衛門の姿が見えなくなると座り込んだ。そして、


「柳生新陰流でござるか?少し大御所の構えに似ていたが異種の剣。そういえば弟が死んだような事を言っていたが誰が?」


「大御所だと思いますよ、きっと。さあ、お二人とも一度下がりましょう。上は上杉様、伊達様達に任せて」


「お幸殿。その、なんだ、礼は言わぬぞ」


「はいはい、わかったから井伊様を担いで。ほら、行きますよ」


 ゼータは回収できないな。助さん、ありがとう。お幸は心の中で助さんを想った。





 大阪城は内部に入って仕舞えばただの城だった。敵兵も多く罠もたくさんあったが佐竹、蘆名とどんどん城に入り数で勝る武田軍によって制圧された。先陣を切って上の階に上がった上杉軍だったが直江兼続は、秀吉を見つける事が出来なかった。


「殿。秀吉が見当たりません」


「探せ!どこかにいるはずだ。隠し部屋、隠し扉が必ずある。シラミ潰しに探すのだ」


 蘆名幸村も自ら秀吉を、隠し扉を探していた。作るならここか?とか、逃げ道なら地下に繋がっているはずだ、とか兼続とは違った視点で探している。いくつか隠し部屋を見つけたがもぬけの殻だった。ある場所で兼続と幸村がぶつかった。


「直江殿。どうしてここに?」


「幸村様こそ、なぜここに?」


 すでに見つけた隠し部屋の前2人はお互いに笑いながら聞いた。2人は隠し部屋の中に入り、隅々まで調べた。隠し部屋の奥にもう一つ部屋があったが、そこにも誰もいない。奥の部屋を調べると下に向かってる階段が見つかった。やっぱりここだったか、と2人は顔を見合わせながら、


「どうやらここから逃げたようですな。蘆名はここから追いかけます。間に合わないとは思いますが」


「上杉は城に残ります。上様へはこの件連絡しておきます」


 幸村は兵を連れて抜け道に入っていった。

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