第207話 桃 暴走モード突入

 桃は走っていた。とにかく城に向かって走った。父だけでなく母までも死んでしまった。戦で人が死ぬのは珍しい事ではない、頭ではわかっているが心が追いつかなかった。幼き頃からくノ一として育てられた。一人娘ゆえ可愛がられもしたが甘やかされはしなかった。父が勝頼に見出だされ羽振りが良くなった。たまにしか顔を出さなかったが、忍びとして最高の主人に仕えたといつも自慢していた。母は武田商店の店長になり、桃も里の娘達と勝頼側近になった。楽しかった、でも楽しいだけでは………。




 桃は城の近くに置いてあった装甲車に乗り込もうとしているところを黄与に見つかった。


「桃、何してるの?お幸様が今は待機って」


「ごめん、私がやらなくちゃいけないの」


「何言ってんの。何があったのよ、落ち着いて」


 桃はそのまま装甲車に乗り込んだ。この装甲車、ただの装甲車ではない。駆動は原油エンジン、バッテリー装載、とここまでは今までと変わりないが秘密が隠されている。もっと城に近づいてから使うはずの新兵器だったのだが。


 外堀の跳ね橋は上がってしまっている。装甲車は堀を渡る事が出来ない。にもかかわらず桃は装甲車を動かし始めた。





 その頃、加藤清正は毛利輝元が討ち取られたと聞き流石に焦った。何が起きたのか?圧倒的な戦力で信勝を討ち取るのではなかったのか?あの戦力差で負ける程無能なのかと。このままでは背後を取られ挟みうちになってしまう。黒田官兵衛を倒した真田軍も不気味だ。一瞬迷ったが、信豊を倒しそのまま前方へ抜ける事を選択した。元々は信豊を討った後、取って返し毛利、黒田と残党狩りをする予定だったのだが。


 加藤清正は自軍、細川、毛利の将を集め演説を始めた。


「皆の者、毛利輝元殿はお討ち死になされた。だが、そなた達はなんの心配もいらん。殿下はこの戦に勝利した後、必ずお家を復興し皆にはこれまで以上の生活を保証するであろう。これは幼少から殿下にお仕えしてきたこの清正が命に代えてもお約束致す。そう、毛利殿、宇喜多殿は何故破れたのか?弱いからか? 策略が不味かったのか? 否!!武田に訳のわからない新兵器があったからだ。だがもうその新兵器も尽きた。今我らが為すべきことは目の前の武田軍を粉砕することである。殿下に選ばれし我らなら新兵器のない武田になど負けるわけがない。立てよ、進むのだ兵達、今こそ前を向いて立ち上がれ!本当の力を見せる時である。殿下の為に!」


『殿下の為に!』


 兵が清正に続いて叫んだ。戦場に『殿下の為に』という声が繰り返し響き渡った。清正の演説、これは秀吉直伝の集団洗脳方法だった。兵はやる気満タンになり、勢いよく進軍を再開した。


 加藤軍は織田信忠軍に一気に突っ込んだ。佐竹、里見軍は直政からの伝令役が見張っている事と、毛利亡き今、秀吉に付く利はないと判断し積極的に織田軍を横から支えようとしたが、勢いの違う加藤軍に跳ね返されてしまった。織田軍が崩れるともう信豊本陣が危なくなる。加藤軍の中でも毛利勢の働きは凄まじかった。死をも恐れぬ戦いぶりは神がかっていた。もうこの戦に勝たなければ帰るところがないのだ。


 それに加え清正の演説でアドレナリン出まくりだったのである。織田信忠は槍を持って応戦しようとしたが家臣が止めた。旗本が食い止めている中、信豊本陣まで撤退した。


 信豊本陣を守るのは井伊直政率いる赤備え軍団千名と旗本二千名だ。直政は本陣前に木で作った馬防柵を設置しその隙間から鉄砲が撃てるように準備させた。そこに原昌胤が現れた。


「直政。加藤軍はそれがしが抑える。もし突破されたなら信豊様を頼む。信豊様は大御所のいとこだ。この戦の後も武田家を支えていただかねばならぬお方。絶対に守れ」


「原様。命に代えても信豊様をお守り致します」


「それでいい。わしが堪えているうちに昌幸が来てくれるだろう。わしが死んだら墓は古府中に頼む、世話になった」


「えっ、原様」


 原は三千の兵で織田軍を突破してきたゾーン状態の毛利・細川軍を迎え撃った。そう、すぐ後ろには味方の鉄砲隊が控えている。直政は急遽弓矢隊を配置し、前方に矢を打たせ始めた。少しでも敵を削り原の負担を減らす為だ。


 矢が止んだ後、原の騎馬隊、そう原の領地である上野にはいい馬が揃っている。今まで戦闘に参加せず体力を蓄えてた原勢の騎馬隊は昌胤の合図で敵陣に突っ込んだ。


 ゾーン状態と体力満タン、時間が経てばゾーンは切れる。いくら気合いが入っていても体力には限りがある。原は自ら槍を振るい敵陣で暴れまくった。徐々に体力満タンの原勢が押し始めた時、後ろから加藤清正本隊が加勢した。と、そこに真田昌幸軍が加藤軍最後尾に追いついた。昌幸は、


「かかれー!」


 兵が一目散に走り出した。それを見た加藤清正は、後ろを気にせず突っ込むよう兵に指示し自らも槍を持った。


 追う真田勢、気にせず前しか見ない加藤勢、食い止める原勢だったが人数という圧力に原が耐えられず崩れた。原は討ち死にし、勢いに乗った毛利細川勢が信豊本陣へ近づくと待ち構えていた鉄砲の餌食になった。直政は原の犠牲を無駄にしたくなかった。


「この柵が命綱ぞ、絶対に崩すな。ここで持ち堪えるのだ。鉄砲隊、撃って撃って撃ちまくれ!」


 鉄砲が途切れた隙を狙って敵が馬防策に取り付いた。柵を倒すべく食い下がるが何とか堪えていると、真田勢が加藤清正本陣に追いついた。


「殿。真田に追いつかれました。如何致しますか?」


 側近が焦ったように報告してきた。すでに後ろの方では戦闘が始まっている。


「二千を残し真田に充てよ。残りは全軍突撃だ!」


 戦闘になれば無視するわけにもいかず、とはいえもう少しで信豊が討てる。清正は勝負に出た。


「今一歩のところを、忌々しい。二千の兵がどこまで抑えられるかが勝負だ。さあ、どう出る?天下の智将 真田昌幸」

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