第208話 武でも策でも勝つのはどっちだ?
真田昌幸は馬を走らせつつ報告を聞いた。やっと追いついたか。まだ信豊様は無事のようだが急がねば。とはいえ自軍の消耗も激しい。手持ちのトンデモ兵器はもう無い。このまま一気に加藤清正を討つしかない、と思っていたら、清正本人は信豊本陣へ向かい真田の抑えに兵を残しぶつけてきたという。
「加藤清正。我らを足止めしているうちに信豊様を討つというのか。やはり手強い」
昌幸は全軍に指示を飛ばした。
「敵が待ち構えているが、相手にするな。敵の真ん中を通り過ぎるように駆け抜けよ。待ち構えている敵は相手にするな。敵は加藤清正ただ一人と思え」
とはいえ敵もさるもの二千の兵が道を塞いでいてはそう簡単にはいかない。加藤軍も足止めが目的なのでなかなか通してはくれない。時間がない、まずいぞと昌幸は陣太鼓を鳴らさせた。初めて聴く滑稽なリズムだった。太鼓を聞いた兵達は、
「お、これは例の」
「一番乗りは誰だの合図だ」
今まで魚鱗の陣形を保っていたが、陣形を崩し兵が各々好き勝手に走り始めた。統率も何もない、ただばらばらに敵陣を駆け抜けていく。刀や槍を振り回しながら敵陣をひたすら走り抜ける。何人もの兵が敵に討たれたがそれも気にせずひたすらに走った。しばらくすると敵兵のほとんどが倒れ、真田軍は犠牲を多数出しながらも敵陣を通り抜けていた。昌幸も騎馬で駆け抜けた。
「行けー!清正を討つのだ」
この作戦は勝頼が考案したものだ。名付けて、『一番乗り競争』。前世であちこちの地方にあるなんとか男のお祭りからヒントを得た物だ。陸軍大将真田昌幸はこの戦法を使えると判断し、訓練を重ねてきた。いつか使う時がくると信じて。ただ単純に自由気ままに誰が一番早くたどり着くかを競う物で、一番乗りの者には一番男として名誉が与えられる。
真田の兵はひたすら走り、前を進む加藤軍に追いついた。後ろを見ずに攻めていた加藤軍を背中から斬りまくった。それでも加藤軍は前進をやめない。ついに信豊陣の馬防柵が倒れ最後の砦、井伊直政隊と加藤軍がぶつかった。揉み合い斬り合い入り乱れる。背後からは真田軍が押し寄せる。通常なら挟み討ちになるところを加藤清正は背後を捨て前だけを考えて進んだ。結果井伊直政隊を押し崩し、信豊本陣に入り込んだ。井伊直政は周りの敵を斬りまくるが敵兵が多く本陣へ近づけない。
「信豊様あああああ」
その信豊はすでに槍を横にいる旗本に持たせ、両手に雪風改を持っていた。近づく敵兵を撃ち殺し、弾が無くなると弾倉を入れ替えてまた撃ちまくった。持ち弾が無くなり槍を持った。
「腕がなるわ。鉄砲もいいがやっぱり槍だな」
信豊と旗本達は奮戦し敵兵をどんどん倒して行く。崩れた直政隊もある程度の兵を食い止めてはいてそれが微力ながら功を奏し信豊達はギリギリ持ち堪えていた。そして加藤清正が信豊の視界に入った。清正も信豊を見た。清正は、
「大将首はあそこぞ!皆の者、総攻撃だ!」
と叫び、馬を走らせた。が、その馬が急に倒れ清正は馬から放り出された。馬には槍が刺さっていた。清正は兵に守られて起き上がり馬を見た。誰だ、槍を投げたのは?
清正は兵から槍を奪い取り信豊に向かっていこうとした。そこに真田昌幸が現れた。
「間に合ったな。加藤清正殿とお見受けする。わしは真田昌幸という」
「よく間に合ったものよ。加藤清正だ。真田殿が来たのならわしの負けだな」
「どういう意味だ?」
「策では負けたという事だ。だが武では負けぬ。賤ヶ岳七本槍の力を見るがよい」
清正は槍を振り回し昌幸に向かっていった。そこで不思議に思った。昌幸は槍を持っていた、では先程槍を投げたのは誰だ?
昌幸とて槍さばきはなかなかのものだ。だが年が若く勢いもある加藤清正に徐々に押され始めた。このままでは、と思った時井伊直政が現れた。
「真田様、助太刀致します」
「余計な事をするな。信豊様をお守りしろ」
「真田様まで失うわけには参りませぬ。我が兵は皆信豊様の方へ向かわせました。それに向こうにはあのお方が。加藤清正殿。それがしは井伊直政と申す者。お手合わせを」
と言うなり昌幸の前に立ち、清正に立ち向かった。本来なら信豊の支援に行かねばならないのだが兵が多くて辿り着けそうもない。ここで敵の大将の首を取れば勢いも収まるという読みだ。
「赤備えか。山県昌景殿ではないのか?」
「山県様より赤備えのお許しを得ております。ご覚悟を」
清正は頭を切り替えた。この直政とかいう者は知らぬが真田昌幸をここで抑えておけば信豊は討てよう。さらにここで真田を討てばこの戦は勝ったようなものだ。
「皆の者、真田を逃がすな。切り捨てい!わしに構うな。信豊と真田を討つのだ」
清正は周りにいた兵に檄を飛ばし、自分は直政と槍を合わせた。加藤軍の多くは信豊へ向かい、残りは真田昌幸に向かったがみるみるうちに真田の兵がどんどん増えていく。『一番乗り競争』で遅れて到着した兵たちが続々と現れ、気づくと加藤清正は真田軍に囲まれていた。
「こうしているうちに武田信豊は討たれるであろう。天下の真田昌幸に武でも策でも勝ったぞ!わしの名は歴史に残るであろう。井伊殿であったな。尋常に勝負だ」
「望むところでござる。ですが、武でも策でも真田様の勝ちになりますよ。いざ、勝負!」
直政は自信たっぷりに答えた。
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