第190話 風魔小太郎対前田慶次郎

上空に現れた凧、見た事もない大凧だ。その中央には人影が見えた、そう、風魔小太郎が凧に乗って空に現れたのだ。小太郎は頭から血を流していた。前田慶次郎との闘いで負った傷だ。


凧は気球に向かって近づいていくが、気球の連中は攻撃に夢中で気づかない。





場面を小太郎と慶次郎の闘いに遡ります。結城勝昌の跡を付けていた前田慶次郎の前に立ち塞がった風魔小太郎。


「風魔小太郎よ、何をしていた?結城様を誑かしたのか?」


「前田様、誑かしたとは口が悪い。勝昌殿に己の生きる道を説いたまで。ん?お主、どこかで会ったことがあったかな?もしやあの時の!」





前田慶次郎は元は滝川家の者だ。滝川家は忍びの家系で、慶次郎は幼き頃忍びの修行をしていたことがあった。その頃風魔という相州にいる忍びの話を聞いた。箱根の山に住み滅多に正体を現さない。頭領の風魔小太郎は身の丈7尺の大男だという。


いつかは会ってみたいと子供心に興味を持った。だが時は過ぎその事は忘れてしまっていた。そして14歳の時、前田家に養子に行く事になった。慶次郎は養子に行く前に旅をさせてもらった。滝川家としてである。


尾張から三河を抜け遠江へ、大井川が増水して渡れず金谷に滞在した。その時に諏訪原城近くに野宿をしたのだが、まさかその先の未来でここに城ができ慶次郎が城主になるのだから人生はわからん物です。


大井川を渡り駿河に少し滞在した。今川家全盛時代の駿河である。平和で豊かな城下街だった。そして小田原へ向かった。


箱根の山で霧が出て道がわからなくなった。慶次郎は慌てずその場に座り込み霧が晴れるのを待っていた。一刻ほどそうしていると何処からか声がした。


「何故に動かない」


慶次郎は声に向かって答えた。


「こういう時は下手に動かずじっとしていた方が良い。足を滑らすかもしれん、崖から落ちるやもしれん。慌てる旅でもない、風には逆らわず生きる事にしておる」


「ほう、若いのに人生を見極めたような事をほざく。名は?」


「人に名を聞く時はまずは自分から名乗るものだが」


「生意気な小童め、わしは風魔小太郎という」


「何と、あの伝説の。実在したのか?」


「ほう、わしの名を知っているとはどうやら忍びの者か?」


「失礼仕った。名を滝川利益と申す。尾張の国衆でござる。風魔小太郎殿の名は滝川家で聞いた事があり申した」


この小太郎は先代である。いや、勝頼に殺された小太郎の先代だ。


「尾張から来られたのか。尾張の滝川家といえば忍びの家系だな、ならばわしの名を知っていてもおかしくはない。利益殿、もうじき霧が晴れる。小田原まで行くのであろう、霧が晴れたら真っ直ぐに進むが良い。道案内を用意しておく」


「それはかたじけない。だが、何故でござる?」


「お主が気に入ったのだよ。霧の中でもがいていたら殺していたところだ。若いのに見所がある。いずれお主が世に出た時、敵でなければ良いがのう」


そう言って小太郎の気配は消えた。結局姿は確認できなかった。身の丈7尺の化け物なのかはわからなかったが恐ろしい男である事は身に染みて感じた。その気になれば簡単に命を取られていただろう。


小一時間して霧がふっと晴れた。まさかこの霧も風魔の作ったものなのか?そのような術は聞いた事がない。慶次郎は言われた通り真っ直ぐに歩き始めた。その先に双子の男の子がいた。慶次郎は臆せず話しかけた。


「道案内殿か?かたじけない。よろしくお頼み申す」


「滝川様だね。へえ、強いね。隙がない」


「只者じゃないね。名のある武将になるよきっと」


双子は慶次郎を見て呟いた。強さを肌で感じる事が出来るのか?これも風魔か。箱根の山を下り街道に出たところで礼を言おうと振り返ったらすでに双子の姿はなかった。


「風魔か。恐るべし。織田と北条が戦う事になるのか否か、先の事はわからんが敵に回したくはないな」


慶次郎は旅の帰りに再び箱根の山を通った。小太郎にも双子にも出会えなかった。だが何となく気配を感じてはいたので、木陰に小田原で買った饅頭を置いてその場を立ち去った。


「世話になった」


と呟いて。





その後風魔の事は忘れていたが、勝頼と小太郎の因縁を聞きそれ以降風魔の行方を慶次郎なりに追っていた。勝頼が対峙した小太郎は双子だったという。あの時の双子が小太郎を名乗っているのだろうか?


風魔らしき忍びが秀吉のところへ出入りしていると、慶次郎の草が報告してきたがその後その草の行方が知れなくなった。慶次郎はそれ以降風魔を追うのを控えた。今まで直接慶次郎と風魔がぶつかった事はなかったが待っていれば向こうから来るだろうと。




「やはりあの時の双子か?わしはあの後滝川から前田家に養子に行ったのだ。あの時は世話になった。だがそれはそれ、結城様に何を吹き込んだのだ?」


「勝昌様は勝頼公のお子であるのに待遇は小大名。兄は将軍、弟は信濃でしかも可愛がられておる。なんせお市様との子だからとな。同じ武田でありながらそれで満足かとな。当然満足などしてるはずもない。殿下がな、何と言ったか、そう洗脳。洗脳と言っておった。人の視野を狭くしそれしか信じられなくする方法だそうだが上手くいったものよ。勝昌は信勝を討ちに向かったぞ。この小太郎による殿下直伝の洗脳でな」


「洗脳だと?」


転生秀吉には科学の知識はない。だが秀吉には人を上手く誘導する能力があった。

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