第167話 幻のエヌーゴ

 勝頼は生活パターンをあえて変えなかった。敵に変化を感じさせてはいけないと考えていた。たまに武田商店に行くというルーティンを信勝が駿府に戻った後も続けていた。各武将にも表立った動きをしないよう指示している。全国各地で少しづつ食糧が蓄えられ、本当に少し米や味噌が寝上がったくらいだ。勝頼は大決戦に備えて数年がかりで準備をしている。改めて買い占めなくても十分なくらい溜め込んではいるが、敵に回る分を減らすためにさらに備蓄している。


 そして作戦開始の2週間前、全国で遠慮なくとことん買い占めが始まった。その噂が秀吉の耳に届く頃にはもう遅い。


 ただ、秀吉側も同じように準備はしていた。大阪城には五年は籠城できるほどの備蓄がされていた。ただ、大阪城にはだ。




 同じく作戦開始の2週間前、いつも通り勝頼は武田商店に向かっていた。護衛はあえてつけていないが実際には高城兄弟と伊那衆が周囲を囲んでいる。武田商店に入りあずみと打ち合わせした後、城へ戻る途中にそれは起きた。すれ違った魚売りが苦無を投げてきたのである。


 勝頼はそれを刀で弾いたが、周囲にいた町人に化けた甲賀者が一斉に飛びかかってきた。勝頼は3人を瞬時に切り捨てたが、先程の魚売りが今度は銃を向けていた。引き金を引く瞬間、魚売りの横を勝頼がすり抜けた。


「陰流奥義、陽炎」


 つぶやきざまに刀を放り投げ雪風を構え、さらに斬りかかってくる町人を撃ちまくった。周囲では高城兄弟が集まってくる甲賀者らしき者達を殲滅している。武田商店からも人が出てきて、勝頼を庇いつつ


「大御所、店の中へ」


 と言った時、魚売りの担いでいた桶が爆発した。桶の中は魚ではなく火薬だったのだ。勝頼は爆風で吹っ飛ばされたが受け身を取り擦り傷で済んだ。


「あっぶねー、人間爆弾されてたら死んでたな。こりゃ街も歩けん」


 勝頼は武田商店に入るとさっきの魚売りの死骸を調べるよう命じた。外では武田商店の店員が無関係な民衆を避難させつつ甲賀の撲滅に励んでいる。あらかた片付いた頃、高城兄弟が店に入ってきた。


「俺は城に戻る。お前らは城まで俺を護衛後川根に向かえ。お幸がお前らを使いたいとよ」


「あれに乗れるのですか?」


「あれって龍か?どうかな?訓練がいるぞ。俺が出発するにはまだ二ヶ月はかかるだろう。その間に習得してこい」


 勝頼は城に戻ってからその後の外出を控えた。人間爆弾はこの時代の人間には発想できないだろうが、敵は秀吉だ。大事の前なので自重した。 


 甲賀者の襲撃は失敗したがその事実は闇に葬られた。駿府は密かに他所に先だって封鎖されたのである。




 作戦開始の日が来た。武田領地の国境に一斉に関所が設けられた。間者の出入りを止めたのである。関所の上空はハンググライダー甲斐紫電カイシデンが飛んでいて上空から怪しい人を見張っている。甲斐紫電カイシデンに乗るのは忍びだけではなく、各大名の空軍志望者だ。武田軍、いや、勝頼はこう呼んだ。エヌーゴと。エヌーゴとはEast Nippon Union Groupの略だが、この時代の人に説明してもわからないのでただエヌーゴと呼ぶようにしていた。だが、信勝には何言ってんのかわからんと言われ、お市にはバッカじゃないの、とボロクソに言われ全く浸透せず、結局武田連合軍になった。



 エヌーゴ、いや武田連合軍には陸軍、海軍、空軍がある。陸軍司令官は真田昌幸、海軍司令官はお市、空軍司令官は勝頼である。総司令官は信勝となっている。ただ、海軍と空軍は各大名の希望者で成り立っているため人数はそう多くはない。ただ空に憧れる若者は多い。勝頼は希望者を桃に面談させて選抜した。今空を飛んでいるのは、ある程度訓練された者達だが実践飛行訓練も兼ねて飛んでいる。大阪城攻略には空軍が活躍するのではという読みだ、今回は出し惜しみしない。


 ちなみに海軍志望者は……………、地獄の特訓で生き残った勇者のみが戦場に出れる。茜に訓練の様子を見に行かせたが、本当に死に物狂いらしい。お市怖い。



 東北、関東の軍が西に向かって進軍を始めた。西側に情報を漏らさないため、関所は強化され一般の者も国をまたぐ事を禁止した。続いて越後、信濃、上野の兵も進み始めた。


 清須城には織田信忠、本多忠勝がいた。忠勝は前田慶次郎を連れてきていた。信忠は慶次郎が苦手だったが慶次郎は全く気にしていない。


「伊勢から大和へでしたな。もう出発しても良いのでは?」


「織田殿。焦りは禁物です。まだ関東勢は着きませぬ。信豊様が来られるまでは無理をしないよう大御所から申しつかっております」


 忠勝は冷静に信忠を抑えた。信忠は最近いいところがない、この戦で織田の名をもう一度天下に知らしめたい。そしてあの猿めをこの手で殺したい、その想いが強く明らかに焦っていた。それを見た慶次郎は疑問に思っていた事を呟いた。


「今回の陣ぶれに山県昌景殿の名がありませんでしたな?理由をご存知か?」


 そういえば多元愛話勝ミンナデカイギ での軍議に山県昌景は参加していたが、名前が出ていなかった。忠勝は慶次郎に向かって


「大御所の事だ。何かお考えがあるのであろう」


「またあの御仁が企んでおるという事ですかな。赤備えが大阪城に向かう姿を見たいものですな」


 信忠は、


「前田殿。呑気な事を」


「織田様。焦りは禁物ですぞ。秀吉に付け込まれましょう。ここで我らが先行し、織田様が討たれれば全軍の士気にかかわります。それに、秀吉にとって織田様は目の上のたんこぶ、早くこの世から消したいと思っているはず。すぐにご活躍できる場所はできますぞ。焦らない焦らない」


 慶次郎の茶化すような言い方に腹を立てたが、そういえばこういう男であったなと思い直し、信豊を来るのを待つことにした。




 その頃、前田利家のところに物見からの報告が入った。


「越中に敵の軍勢が集まっておりまする。その数五万!」

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