第166話 武田商店

「皆、忙しいところをすまん。もう聞いている者もいると思うがまず関白の命令で征夷大将軍は召し上げられる事になった」


 何だと、あの猿めが、と佐々成政と信忠が叫ぶのが聞こえた。


「元織田信長時代を知る者はそう思うだろう。だが、現に奴は関白だ、紛れもなくな。京から西は殆どがさ、ではない、秀吉の領地だ。毛利、細川、宇喜多、島津、名だたる大名が秀吉に従っている。大友と長宗我部は中立だ。武田寄りではあるが、周囲を囲まれているからあてにはできん」


 勝頼が言うと、次に信勝が


「この仕打ちに対し武力をもって対抗しようと思う。皆に集まってもらったのはその為だ」


 信忠は息を吐いた。ついに父上の仇を討つ時が来た。佐々成政もだ、あの成り上がり者、いやまずは利家だ。裏切り者の利家を成敗してくれる!


 昌幸が問うた。


「上様。戦を仕掛ける理由としては十分かと存じます。武田家から見れば道理が通りません。全国の街に噂を流し、民の理解も得られるでしょう。とはいえ敵は強大。どうやって秀吉を討つかです。京を制し、大阪城を落としたとして西へ西へと逃げられては捕らえる事は困難。九州には加藤清正もいます。九州まで東軍が戦線を延ばすのは補給を考えても不可能に近い」


「昌幸。だからこその軍議だ。ここには信玄公の戦略に詳しい者、織田、上杉、伊達と天下に名高い将が揃っているではないか。知恵が出ないわけがない」


 信勝が言うと皆、黙り込みブツブツ独り言を言い出し始めた。いや、だが、そうか、しかし、…………。勝頼が口を挟んだ。


「さすが昌幸だな、その通りだ。秀吉を西へ逃がしてはならない。つまり大阪城へ籠城させ討ち果たすしかないという事だ。余は以前大阪城を見た者に申したはずだ。いずれここを攻める、よく見ておけとな」


 大阪城を見た者達はその大きさ、砲門の数々、対空防御を見て城攻めは無理だ、城から兵を出させて戦うしかないと思っていた。だがそれでは逃げられてしまうだろう。城の外で西軍と戦い、勝った後に秀吉のいる城を囲んで攻めるしかなさそうだがあの巨大な城をどうやって?近づけば砲門の餌食だ。


「皆黙ってしまったな、そう皆の考える通り難しい事だ。だがな、どんな物にも必ず弱点はある。そこを突く」


 勝頼は細かい事は追って伝えるといい、各自に戦の用意を指示した。そして信勝が


「上杉、蘆名、佐々連合軍は加賀、能登を制圧後若狭へ、その後は丹波へ向かえ。信平、内藤、跡部軍は飛騨から加賀を攻め上杉軍に合流、若狭制圧後京へ。織田、忠勝は伊勢から大和へ。佐竹、結城、信豊、原は織田軍へ追いつき次第合流せよ、北条も使え。織田軍は援軍が来るまで無理はするな。合流後河内から大阪城へ向かえ。信綱、昌幸は近江から京へ。伊達は相馬、岩城、里見を引き連れ追いつき次第真田に合流。信勝とお市は海路から摂津に向かえ。水軍を預ける。江戸から大型輸送船で兵を乗せてけ。それと毛利水軍を牽制してくれ。長宗我部には毛利牽制を頼むがあてになるかはわからん。新型戦艦は余が使うから置いてってくれ、余と高城、玉井、それと助さん、いやちゃんと呼ぼう、百田は後から追いかける。百田、悪いが駿府へ来てくれ。真田の庄ごと根こそぎ持ってこい。井伊、榊原、曾根は補給係を命ずる。戦線が長くなる、武器、弾薬、食糧が切れないよう拠点の整備だ。拠点は狙われやすい、伊賀者を使え。それとその他に行路にある武田商店を秘密の補給基地とする。茜、あずみに言って今から食糧を買い占めろ。戦の噂が出る前に抑えてくれ。一ヶ月後、東北勢が出発する。それまでは水面下で噂にならないようにしろ」


 信勝の指示とともに世界初の多元電話会議が終わった。ちょうど充電が切れただけだが。




 一か月の間、水面下で準備が進められた。敵の間者も多数入り込んでいたが武将間の文のやり取りもなく、特に目新しい動きが見られず、気付かれる事はなかった。敵の間者の多くは駿府にいて信勝の状態を調査していた。信勝はまだ駿府城から出てこない。駿府城は忍び泣かせの城で入り込むことが出来ず、もっぱら城下での情報収集に集中していた。


 相良油田の攻撃も試みたが、護衛が厳しく対空防御も強化されており近づく事ができない。豊臣方ではおそらく信勝は重症で動けず、防衛に徹しているのではと思われていた。秀吉は武田の動きが止まった事を気にしていた。大人しくしている武田ではないはずだと。何か企みがあるなら掴めと。信勝の状態もだ。各武将の暗殺も可能な限り行えと厳しいお達しが出ていた。


 間者は武田商店に買い物客として入り込み、店員にそれとなく聞いた。


「上様が怪我をなされたってのは本当かい?」


「え、そうなのですか?なら江戸は大騒ぎですね」


「知らないのかい?片足が無くなったって噂だよ」


「それは大変。大御所は知ってるのかしら?」


「大御所って勝頼様かい?ここによく来られるの?」


「来られますよ。たまにですが」


 間者は店員から信勝の情報は得られなかったが、勝頼がたまに武田商店に現れる事を知り指揮官に報告した。勝頼暗殺は今までに何度か行われたが全て失敗している。指揮官は何も成果が出せず焦っていた。

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