第164話 裏切りと恩返し

 銃声が聞こえた方へ向かうと、桃が呆然と立ち竦んでいた。


「桃、どうしたの?怪我は?」


「あ、紫乃か。来てくれたのね。やっぱりあいつの仕業だった」


「彩ね。で、彩はどうしたの?さっきの銃声は何?」


 桃は清須城を調査し始めた時からの事を話した。信勝が斬られ武田商店に向かった後、城の周囲を調べ始めた。城門で大騒ぎになったのに城から兵が出てこない。門番もいなくなってしまった。これは皆つるんでいるという事か?


 となると、清須城の兵は全て敵なのか?信忠は偽物だった、本物はどこかにいるのだろうか、それとももうこの世にいないのか?桃は配下の者達と一度合流して情報を交換しあった。


 ・どうやら城門の事件は城内に伝わっていない。

 ・信忠、お松様の姿は見られない。朝は普通に食事をしていたそうだ。

 ・城内は皆普通に職務に励んでおり、異常は見られない。

 ・一部の兵が庭に集まり話をしていたが会話は聞き取れなかった。


 信忠、お松様はいつ入れ替わったのか?普通は夜だろうが、だとすると朝の食事で誰も気づかない?流石に城が全て敵という事はないだろう。もしそうならば、武田商店へ向けてとっくに戦を仕掛けているはずだ。どうやらその一部の兵が怪しいか?


 これだけでは情報が足りないため、引き続き情報収集を続ける事にした。



 誰かが見ている、視線を感じた桃はその方向へ向かった。


「やっぱりお前か、彩」


「桃殿。ご無沙汰しております。伊那忍びの頭領になられたとか、おめでとうございます」


「よくもぬけぬけと。父上を殺ったのはお前と風魔だろう」


「風魔はわかりませんが私は違いますよ。木村様は信平様を追いかけて行った時に前田利家様の忍びに捕まったのです。私は官兵衛様に木村様の素性をお伝えしただけですよ」


「何故信忠様を裏切った?お前の父、沙沙貴殿は信長に信頼が厚かったと聞く。勝頼様は沙沙貴殿を信長の忍びと知っていながら手厚く扱っていた。それ故に娘のお前にも武田忍びと同様の扱いをしていた、敵になる事など考えていなかった、いや、彩、よーく聞け。勝頼様はお前を信用していたんだ」


「甘いのです。やはりご存知ないようですね、父、沙沙貴綱紀は信長様、信忠様にお仕えしておりましたがある時から、黒田官兵衛様の配下となっていました。信長様、信忠様の動きを秀吉様にお伝えするお役目でした。それは私にも引き継がれ、官兵衛様の指示で武田に入り込んでいたのです。特に武田軍の不思議な兵器の秘密を探っていました。皆さんは優しくしてくれました。大御所にもお世話になりました。ですが、これも宿命。裏切ったと仰いましたが、最初から敵だったのですよ」


「ならばこのまま見逃すわけにはいかない」


 くノ一同士、一対一の戦いが始まった。お互いに忍び刀を抜き斬り合い、一歩引いては苦無を投げ合い、互角の戦いが続いた。その時、秀吉についた城兵が刀を抜き桃に向かってきた。桃は全速で下がりながら割り込んできた兵に簡易手榴弾 行先霊界イッテコイを投げ蹴散らしたが、その隙をついて彩のリボルバーが火を吹いた。


 弾は桃の身体に当たらず地面に着弾した。


「えっ、ここで鉄砲?」


 振り返ると彩の姿はなかった。





「というわけ。逃げられたみたい」


「でもそれって、助かったんじゃない?というか、桃を殺す気がなかったとか」


 そうなのだ。あの隙を狙って攻めれば桃の命はなかった。彩は敵だが、どうもわからない。


「大御所のおかげかもよ。武田家に情がうつってるんじゃない?」


 紫乃のいう通りかもしれない。だが、彩は許せない。今度は殺す。






 桃と紫乃は清洲城内の調査を続けた。そこに城正面から明智左馬助が乗り込んできた。


「殿、殿はどこだ?何処におわす?」


 すれ違う者に向かい大声で聞きまくっていた。


「殿ですか?お部屋では?」


「殿はしばらくお見かけしておりませぬ」


「こちらにはいらっしゃいません、いや明智殿。そっちは、お待ちください」


 こっちへ行ったらまずいのか。ならば進もう。左馬助は立ち塞がる兵をどけて進んだ。左馬助の後には左馬助の部下が続き15名程の集団となり奥に向かうと刀を抜いた兵が待ち構えていた。


「ここで刀を抜くとは何事ぞ!やはりお主らは秀吉に通じておったのだな。すでに甲賀は失敗して引いた。お主らがここで足掻いても無駄ぞ!殿はどこだ?」


「今更引けるか!こうなったら殿の首を土産に、グワッ」


 兵の喉に苦無が刺さった。


「明智様、今のうちに早く!」


 苦無を投げたのは紫乃だった。左馬助は紫乃に助かったというアイコンタクトを飛ばし奥の部屋に飛び込んだ。


 そこには眠らされている信忠とお松が縄で縛られてており、その喉元に小太刀を突きつけている兵がいた。部屋の中には兵が五人、全て元信雄の兵だった。彼らは甲賀を通じて金を貰い、今回上手くいけば優遇されるはずだった。さっきまではだが。


「お前達、どなたに刃を向けておるかわかっているのか?織田信長公の嫡男、信忠様だぞ!」


「それが何だ?織田信長は一代の成り上がり者。すでに威光は無いに等しいではないか。すでに勢いは秀吉にある。そなたこそ謀反者明智日向の親族ではないか。よくおめおめとそのような事を。全くどの口が言っておるのか。本能寺でその信長公を討ったのはお主らであろう。恥を知れ!」


 痛いところをつかれ左馬助は一瞬たじろいだ。その隙をついて兵が左馬助に斬ってかかった。左馬助は斬られ敵兵はその勢いで左馬助の部下をも蹴散らしたが、最後は数の暴力に負け鎮圧された。信忠、お松に刃を向けていた者達は桃と紫乃によって葬られた。


「明智様、明智様」


「こ、これで何とか恩はか、かえ………」


 左馬助は生き絶えた。信忠とお松は無事だった。

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