第163話 切断

「お待ち下さい」


 声を掛けたのは店内にいた武士だった。そう、何故かここにいた明智左馬助だ。


「その店員は恐らくは甲賀の間者です。その薬は毒薬かと」


 薬を出してきた店員が抑えられた。左馬助は薬を取り上げ、店内の水槽に入れた。暫くして水槽の中の魚が暴れだし、その後死んだ。やはり毒薬のようだ。店員は隙をついて舌を噛んで自殺した。


 左馬助は、城内の兵に不審な動きがあると感じ内密に調査をしていた。確かではなく何となくだったので誰にも報告をしていない。その中で何人かの怪しい兵がこの店員と接触していることを掴み、店員を密かに見張っていた。はっきりとはわからなかったがただの店員とは思えなかった。


 時間がある時に買い物客として武田商店に通いつめていたら突然上様が運ばれてきた。その時、その店員が待ち構えていたように出迎えた、明らかに計算された動きだった。その瞬間、敵の間者と判断したのである。


 信勝はあらためて毒消しを飲んだが、苦無の刺さった足が黒く変色してきていた。


「慶次郎。頼む」


 すぐさま慶次郎が信勝の足を切断した。周りの者が叫んだ。


「!!!!! 前田様、何をなさいます!」


 慶次郎は冷静に、


「すぐに止血を。これで上様は大丈夫である、うろたえるな」


 武藤昌幸は前田慶次郎利益という男の事を噂でしか知らなかったが、信勝の一瞬の判断に対し瞬時に対応する姿を見てある意味安心した。岐阜にいる以上、勝頼、信勝の側にはなかなか行けない。それが歯痒くもあったが、これほどの漢がそばにいるならばと思いつつ、


「大御所へ使者を立てまする」


 と呻く信勝に言って動き出した。使者を立てつつ美濃から兵を呼び寄せる段取りをした。この状況では清洲城の兵はあてにはできない。





 四方八方に使者が飛び、武田商店周辺には即席の囲いが巡らされ城下が騒然となった。上様が信忠に討たれたとか清洲城下が戦場になるというような噂が流れた。噂を広めているのは甲賀の間者のようで、徐々に伊賀者に捕らえられていった。


 その様子を眺めている町人がいた。風魔小太郎である。信勝が死んだのかの確認が取れていない。甲賀の間者を捕らえて再び街に出た伊賀者を3人捕らえ拷問した。


「服部半蔵はどこにいる?」


「知らん、俺のような下っ端にはわからん」


「ほう、その割には甲賀の間者を捕まえた腕は見事な物であった。伊賀者は優秀だな。では、今指揮をとっている者の名を教えてくれ」


「…………」


 拷問が続く。


「お主のような腕の立つ者が本当に下っ端なのか。味方をすればそれなりの待遇をしてやるぞ」


「………」


 風魔小太郎は絶妙なタイミングで質問の内容を変えた。


「次に信勝はどこへ向かおうとしている?」


 伊賀者はつい答えてしまった。


「それこそ知らん。俺はただの護衛にすぎん」


 3人に同じような聞き方をした。知りたいのは信勝の生死だけだ。直接言っても言うわけがないので秀吉の言う『変化球』という作戦で拷問した。こちらが聞きたいのが半蔵の行方と勘違いし、他の話題になって気が緩んだようだ。はっきりとはわからないが、信勝は無事のようだ。


 生きているとはいえ手負いなのは間違いない。ここでとどめを刺すつもりだったのだが、武田商店には近づけない。清洲城もそのうちに収まるだろう。


「運のいい男よ」


 そう呟いて監視を残し、風魔小太郎の姿は清須から消えた。






 武田商店では、信勝の治療が行われていた。肩の傷の縫合は比較的簡単だったが問題は足だ。膝から下をスパッと切り落とされていた。止血をし、格さんが作ったペニシリンもどきもどきを点滴しつつ治療が進んだ。


「前田殿。お見事でございました。あそこで上様の足を切らなければお命にかかわった事でしょう」


「武藤様。切り落としたそれがしが言うのも何ですが、上様の足、何とかなりませんか?大御所ならば」


「昔聞いた事があります。それに江戸城にはエレベーターとかいう設備があるそうで、天守まで歩かずに行けるそうですし」


「歩かずに天守へでございますか?大御所は空でも飛べるのですか?」


「いくら大御所でもそれはできますまい。天狗ではないのですから」


 慶次郎と昌幸が大声で話をしていると、信勝に怒られた。


「お前ら、うるさいぞ。傷に響く!」


「おお、上様。お目覚めですか?」


 先程まで熱でうなされていた信勝が目覚めたようだ。


「すまん、世話になった。慶次郎、見事だ。助かった」


「上様のご英断のおかげです。勝手に切るところでしたよ。わしは何を言われても構いませんが武田は居心地がいいのでね」


 慶次郎は信勝に言われなくても足を切り落とす気でいた。ただその場合、武田には居づらくなったであろう。将軍の足を勝手に切っては流石にやり過ぎである。


「もう少し寝る、信忠殿が心配だ、頼む」


 信勝はまだ麻酔が効いている。それだけ言って静かになった。昌幸は幸村を呼び城の様子を聞いた。


「源二郎、城はどうなっておる?」


「桃殿が帰ってきませぬ。今あらたに紅、紫乃と他数名が向かいました。また、明智左馬助も向かっています」


「信忠殿とお松様が無事なら良いのだが。この上お松様に何かあったらわしは大御所に顔向けできん。腹を切らねばならん。左馬助の話だと城内にも秀吉方の者がいるそうだ。其奴らを制圧しお松様をお救いせねばならん」


「父上。お松様、お松様と信忠殿はどうでもいいみたいに聞こえますぞ。お松様は大御所の妹君、大事なお方なのはわかりますが………」


「わしはお松様が小さい頃からよーく知っておるのだ。大御所がどれだけお松様を大事にしていたかもだ。戦で死ぬのは仕方ない、ただこのような形で何かあれば大御所は怒り狂うであろう。それが怖い」


 紅は清洲城門近くで紫乃と別れて調査を始めた。その時銃声が聞こえた。


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