第147話 知将 本多正信

 信勝が想像した秀吉の作戦は、信平が盛信討伐へ出陣したところを何かの策略で討たれる。無理やり信勝を上洛させて討ち取る。そして怒った勝頼と決戦、冷静さを失った勝頼は準備万端の秀吉に敗れる、という物だった。


「可能性はあるな。信平は自ら出陣する気でいるようだ。先程、愛話勝アイハカツ で格さんと話したらやる気満々だそうだ。あいつは俺の子供の時よりも強いからな、信長の血も引いてるしサラブ、じゃない、最高最強になるやもしれん。格さんには信平を守るためなら出し惜しみしなくていいと言っておいた。それとすでに伊那の衆は動いている」


「そのまま出陣させるのですか?」


「初陣だな。心配するな、五郎、格さん、それに源三郎信幸もいる。信綱と昌幸にも応援と警戒を頼んである」





 信勝は不安を感じながら茶々に会いに行った。本来の目的は茶々だった。お市が面倒見てくれていると思っていたがずーっと不在だそうだ。代わりに徳姫が面倒を見てくれていた。


「茶々、母上はどうなされた?」


「明日には戻ると文がありました。また新兵器を作っているそうです。武田家の為、寝る時間も惜しんで勤めておられます」


「………」


 我が親なれど不思議な夫婦だ。転生者だからなのか、おっと徳姫様だ。


「お徳様、茶々の面倒を見てくださりありがとうございます。信勝、このご恩生涯忘れませぬ」


「上様、茶々様は我が娘も同様です。当然の事をしているだけです。大御所は武田は皆家族、それぞれ得意なところでお家に貢献すればいいと言っておられました。お市様が働いている今、私にできる事をしているだけですよ」


 徳姫は足を少し引き摺っている。そう、信平を攫われた時に敵の忍びから受けた傷だ。その姿を見て、信平の顔が浮かび不安が増した。何か見落としがある気がして落ち着かなかった。




 武田信平。現在11歳、上田城主である。家老として真田家譜代の猛将矢沢頼綱、そして源三郎信幸が付いている。源三郎はいずれ昌幸の跡をつくごとになっているが、勉強のため真田の庄がある上田に来ていた。


 嫁は本多忠勝の娘だ。浜松城にいる時にいい仲になってしまい、跡取りに家臣の娘ではとごねる昌幸を見て、勝頼が忠勝に浜松城を与えた。浜松城に三河の者を置こうと考えた上での決断で、決して昌幸の唖然とする顔を見たかったからではない。そう、断じて違う。


 弟の源二郎は蘆名に養子に行き大名となっている。明らかに負けている。まだ目に見える手柄を立てていない源三郎だが、焦る事なく冷静であった。勝頼、信勝は源三郎を買っていた。特に勝頼は、前世であの真田幸村が、我が兄こそ天下人にふさわしいと言ったといわれている源三郎信幸を次世代の補佐役として置きたいと考えていた。


 源三郎は信平の前に出頭した。


「殿、大御所より盛信討伐の命が下りました。現在兵は約七千、上野の内藤様からもうじき三千の応援が到着する見込みです」


「盛信の兵は三千と聞く。佐々殿はどうされておる?」


「勝手に戦はできぬと防戦されています。前田利家の動きが気になっているようです」


「わかった。内藤殿の応援を待って出陣する。頼綱、源三郎は共に出るぞ。留守居は頼康に任す」


 幼少から英才教育を受けている、勝頼の子で信長の孫である信平は留守居を矢沢頼康に命じて、出陣した。格さん、伊那衆も荷駄を連れながら付いて行った。





 その頃、南信濃を収めている室賀正武が突然兵を挙げ諏訪を襲った。そのまま北上し上田に向かった。


 室賀家は元々小県の国衆で、武田に仕えていた。少し前までは真田と同格だった。それがあっという間に大差がついてしまった。何でわしが真田に頭を下げなければならんのか?納得していなかったが、勝頼が南信濃をくれたので仕方ないと思っていたところ、秀吉の使者が現れた。


 使者はこう言った。室賀家はあの川中島で大活躍をした勇猛なお家柄、それがこのような小さな領地でいいのか、と殿下は申しておられます。殿下は信濃一国を室賀様に与えたいとおっしゃっておりました。今、北信濃は信平様が治めていらっしゃいますが、まだ子供です。この後、戦になります。是非に殿下にお味方下さいますようお願い致します。


 使者は度々現れた。盛信が仕掛けた時が合図だと。室賀は悩んだ。上田に攻めかかれば背後を馬場、本多につかれるだろう。使者は言った。殿下は全てお見通しだと、殿下を信じて下さいと。





 室賀が動いた時、浜松城に珍客が現れた。そう、本多正信である。


「忠勝殿。お久しゅうござる」


「生きておったのか?何故今頃戻ってきた?」


「信康様、いや徳川家康様はもういない。元々は徳川家が信長と組んだので敵対しただけでござる。仏敵の信長亡き後、徳川に戻りたかったがそれも叶わぬ」


 同じ本多の姓だが繋がりはない、全く別の家だ。仲も良くはないがそれでも同じ主に仕えた者には違いない。忠勝は聞いた。


「で、何をしに参ったのだ」


「いやいや、深い意味はござらん。戦が収まっているので旅をしていたのだが浜松が懐かしくなってな。そしたら忠勝殿が城主というではないか。これは素通りはできんと寄ったまで」


「戦か。収まってはおらんよ。殿下が仕掛けてきたようだ」


「その殿下だが、お主、殿下に仕えぬか?」


「何だと、お主、まさか」


「今、それがしは関白殿下の配下よ。関白殿下は実力のある者は坊主、百姓だろうと取り立ててくださる。女好きが気になるが、賢く未来を考えておられる素晴らしいお方だ。それに家康公の仇を打ちたくてな、武田勝頼を」


「確かに大御所は家康公の仇だ。だが、わしはその後の仕置をこの目で見てきた。三河衆も手厚く迎えられ、何よりその人柄に惚れておる。生涯を尽くすのに相応しいお方だ。わしは武田家の家臣、本多忠勝。お主が敵に回るなら、次に会うときは斬る、早々に立ち去られよ」


「ふむ、そこまで惚れこんでおるとは思わなんだ。昔のよしみで一つ教えてやろう。ここに来る前に岡崎に寄ってきた。面白い事になっていると思うぞ。では、さらばだ」


 本多正信は浜松から姿を消した。岡崎だと、馬場様に何か?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る