第145話 諏訪原城主
勝頼贔屓の誠仁親王が亡くなった。死因は病気との事だ。秀吉はこの二年間、誠仁親王の嫡男である和仁親王を立ててきた。天下は関白が収めますゆえご安心を、と本来の象徴天皇に戻す為しつこく活動してきた。
誠仁親王は秀吉にとっては目障りだった。そして誠仁親王亡き後、和仁親王が帝(後陽成天皇)になられた。
「これで勝頼を叩ける」
秀吉は官兵衛、本多正信を呼び策を練った。この二年間、武田軍の情報を取り、対策を練ってきた。勝頼のトンデモ兵器に対しても対抗策を作り上げている。
武田家では、江戸城に二代将軍の信勝が、駿府に大御所として勝頼が滞在して政治を行なっている。
長浜に真田信綱。美濃に武藤昌幸、秋山信友。尾張は織田信忠と西側の抑えを強化した。三河に馬場、遠江に本多忠勝。甲斐には信廉の子、麟岳。飛騨は小笠原、木曽、南信濃は室賀、諏訪は勝頼直轄で諏訪氏が、北信濃は信勝の弟の信平が源三郎信幸とともに。上野に内藤、跡部、下野は武田信豊、原。陸奥、出羽は伊達、源二郎信繁、山県、越後は上杉とかなりの領地を家来、親戚衆が抑えている。
前田慶次郎は遠江にいた。この気候が気に入ったようだ。勝頼は諏訪原城を慶次郎に預けた。どこから来たのか身の回りの世話をする家来や、腕の立ちそうな浪人が慶次郎の周りにいて毎日が楽しそうだ。
勝頼は井伊直政を慶次郎につけた。直政へは『よく学べ』、と一言だけ言って。
お市は研究所に入り浸っていた。アルミを手に入れたお市は、いや、勝頼に材料を奪われた後理由を聞き出し、それならば私がやるとひたすら実験を繰り返していた。
助さん、格さんはすでに隠居して信平についていき、真田の庄に住んでいる。ここには昔から信玄公時代の忍びがいる。格さんの遠い親戚が住んでいた事もあり、信平が行くならと最後のご奉公という事で勝頼に許しをもらい引っ越した。
源三郎信幸は信平のために上田城を築城中だ。岩櫃は山城で信平が住むには狭い。真田家先祖代々の地に戻ってこれた上に、信平が住むという事で気合が入りまくっている。
天皇が変わってしばらくは何も起きなかったが、ある日、大崩の研究所、諏訪の研究所、相良油田がほぼ同時に襲われた。
大崩には造船所とお市の研究所があった。どこから現れたのか深夜に小舟に乗った兵が火矢を放ち、火薬玉のようなもので建物を破壊、中にいた者達を惨殺した。
諏訪の研究所は同じように火矢と火薬玉で破壊され、一夜で燃え尽きた。
相良油田はその周りに村があり、伊那忍軍の者達が住んでいる。襲われた時の準備もしており、敵の襲撃を凌いだ時、空中から現れたハンググライダーに爆撃された。なんとか撃退し油田は守ったが被害は多かった。
相良油田を視察した前田慶次郎は大崩を経由して駿府城にいる勝頼に報告に行った。
「大御所、いいようにやられましたな。油田は伊那の者達が守りましたが、村は壊滅状態です。例の空を飛ぶやつで攻めてきたようですが、あれは武田の物では?」
「あれは、何回か見せたからな。秀吉なら真似できる。空を制すれば、か。油田は守らねばならぬ。諏訪原城からも手を入れてくれ」
「承知。で、大崩ですが見事にやられました。船がありませんでしたが?」
「ああ、大崩はすでにただの空き家に近かったのだ。こんな事もあろうかと密かに引っ越してある。国友村の仕返しだ」
沙沙貴彩が寝返った時点でこの事態は予想できた。造船所と研究所はこっそり引っ越してあった。造船所は沼津に、研究所は安倍金山跡地がさらなるダミーで、本物は川根の伊賀村の奥にある。お市はそこにこもっている。
伊賀村の中に武器工場もあり、大井川を使って輸送している。
そう諏訪原城は川根と相良油田を結ぶ重要拠点なのだ。そこに譜代でも無い前田慶次郎を置くのに反対者も出たが勝頼が押し切った。何でって?前世で歴史オタだった勝頼こと馬場美濃流は『前田慶次道中日記』を読んだ。
1601年、上杉景勝が京で家康に詫びを入れて米沢30万石に削られ、伏見から米沢へ出発した9日後の10月24日に伏見を発ち、11月19日に米沢に着くまでの日記だ。琵琶湖を渡り、美濃、信濃、上野、下野を通り各地での出来事を記したものだが豪傑として名高い慶次が実は人情味あふれる優しい男に感じた。この男が好きになった。転生した時、いつか会ってみたい、会えたら仲間にしたいと思っていた。
会ってみると思っていたより爺さんだった。背も高くない。これで本当に強いのか?と高さんと模擬戦をやらせてみた。高さんが本気出さないとヤバイ位に強かった。慶次郎も武田が気に入ったようだ。ならば、と城を預けることにした。あの日記を読む限り、この男は裏切らない。
諏訪の研究所もほぼ跡地のようなものだった。敵を騙すために人の出入りはあるようにしていたが、予想通り襲われた。
油田だけは引っ越しようがないので守備を強化していたが、ハンググライダーか。次の戦は制空権の争いになるかもな。
「慶次郎。帰りに武田商店に行って茜に来るように言ってくれ」
前田慶次郎は城を出て城下にある武田商店に寄った。
「いつ来ても賑わってるな、この店は。茜殿はいるかな?」
「あ、慶次郎さん。こんにちは。茜様はいませんよ。どうします?」
「桃殿。それでは伝言を」
慶次郎は店長の桃に用件を伝え諏訪原城へ戻っていった。その動きは甲賀の忍びに監視されていた。
慶次郎は尾行に気づいていたが敢えて放っておいた。そして岡部の山中で襲われた。
「前田慶次郎殿とお見受け致す。お命頂戴」
20人の侍のような町人のような色々な格好をした男達に囲まれた。慶次郎は槍を持っていた。勝頼に貰ったお気に入りの斬鉄槍だ。慶次郎の護衛が主人を守ろうとするが、逆に下がらせ前面に出た時、木の上から無数の手裏剣が敵を襲った。
敵が乱れたその隙に慶次郎の槍が襲い、敵は全滅した。
「強いなあ、助けいらなかったですか」
桃が木の上から話しかけた。桃は慶次郎から尾行の話を聞き、10人の配下を連れてそのまた尾行をしていたのである。
「いやいや桃殿、助かりました。この慶次郎、すでに50を越えた爺ですので優しく守ってもらわねば」
と、心にもない事を言っている。
「何も手がかりは無いっと」
桃は死体を調べて呟いた。相良油田近くの村には桃の親戚が住んでいた。大怪我をしたらしいが、見舞いには来るな、仕事しろ!と相手にしてもらえない。せめて仇をと思っているのだが、証拠はなかった。
「秀吉が噛んでる以外に考えられないけど。慶次郎さんはどう思いますか?」
「秀吉は狡猾なクソ爺ですよ。ばれてもいいと思いながら証拠は残さない。さて、なぜそれがしを狙ったのか?」
「生かしておくと危険とかですかね?冗談はさておき恐らくは油田だと思います。今回油田を破壊できなかったのでまた襲うでしょう。その時に慶次郎さんがいると邪魔なのでは?今回もこっそり護衛出してたでしょう。お陰で助かったと叔父が言ってました」
慶次郎は油田が襲われることもあるかと、兵に巡回させていた。その為、敵も十分には攻められなかったのではと桃が言う。
「そのかわり、空からきましたけどね。あれ、作るのそんなに難しくないんですよ。最初は平衡がうまくいかなくて苦労したけどコツを掴むと忍びなら誰でも飛べます。大御所が対空防御を強化するってお市様に伝言するよう頼まれて今、紫乃が走ってます。慶次郎さん、油田に住む気でしょう。だから狙われるのですよ」
桃は好きなだけ喋って駿府へ戻っていった。次の伊那忍びの頭領だというが務まるのか?と思っていたが中々やるようだ。慶次郎はいやあ面白い、武田は本当に面白いと大声で独り言を言いながら諏訪原城へ帰っていった。
そして仁科から名を武田に変え、しばらく大人しくしていた武田五郎盛信が突然佐々成政に仕掛けた。
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