第138話 国友村

 信忠がもどってきた。開口一番、


「あの阿呆め、阿呆なのは知っておったがここまで阿呆とは。呆れて物が言えんわ」


「という割には良く物を言っておるぞ。どうだった?」


「勝頼殿。面目ない、決裂しました」


「言ったであろう、甘いとな。清須城を攻めるぞ、筒井も池田も逃げたそうだ。憐れな弟だな、秀吉にいいように使われて捨てられる。ところで織田の領地だが、尾張と美濃、どっちがいい?どちらかは復興した織田家にやろう」


「…………」


「もう織田家に過去の力はない。信忠殿は我が弟ゆえ支援してきた。もちろんこれからも支援はする、だが織田家はこの武田家に従ってもらう。一大名としてな」


 以前、信忠は言った。織田家復興した暁には好きにして良いと。すでに柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀はもういない。残っているのは秀吉だけだ。今の織田に残っているものなどほとんど無い。今回はそれを理解させるための戦でもあった。


 信忠は織田家復興の後は今の信雄の領地である伊勢、尾張、美濃の三ヶ国位は貰えるつもりでいた。ただ、今回の戦で自分の力と立場を再認識していた。自分の甘さで何度か失敗した事、優秀な家臣がほとんどいない事。それに比べて武田の家臣団は強い、そして策略にも優れている。織田家を残すためには仕方のないことであった。


「だが、これからの働き次第では加増はあるぞ。織田信忠、どれほどの男か、見せてくれ」


 信忠は勝頼に従った。力関係がはっきりしただけだ。今までと何かが変わるわけではない。


「でだ、信忠殿。会ってもらいたい男がいるのだが」






 坂本城。元は明智光秀の城にこのメンバーが集まるというのも不思議な縁だ。羽柴秀吉、黒田官兵衛、筒井順慶、池田恒興、細川幽斎忠興親子、宇喜多秀家、そして足利義昭、顕如までいる。


 上座に座るのが足利義昭。一応将軍である。足利義昭が口火を切った。


「以前余は織田信長を頼った。だが、信長は将軍をないがしろにし天下布武を言い出した。ここにいる顕如殿と組み、信長包囲網を作り武家の世をもう一度この足利家の手で成し遂げようとした。だが、その信長はもういない。信長を殺した明智十兵衛もいない。ここを足利家による天下統一を行うための決起の場としたい。羽柴秀吉、期待しているぞ」


 何言ってんだこいつ。おみゃーに何の力があるんだよ。と思いつつここは立てておくことにする。


「はい。公方様を盛り立てて天下統一のお手伝いをさせていただきます。まずは、武田です。今武田は尾張を制圧しようとしています。美濃もほぼ武田の手中にあります。このままでは、近江、山城と進んでくるのは必然。公方様にはこの坂本城を拠点とし、武田を打ち破る指揮をとっていただきとう存じます」


「よかろう。ここには旧知の幽斎もいる。ここで武田を迎え撃つ」


「公方様。実はこの秀吉、朝廷からお呼びがかかっております。近衞前久様より京へ参るよう言われており、早速向かいたいと存じます。兵はここにいる黒田官兵衛に預けていきますゆえ、ご安心を」


「なに、関白様だと。関白様が何用だ?」


「私めにはわかりませぬ」


 そう言ってさっさと京へ向かう秀吉だった。官兵衛には前田利家に長浜を牽制するよう、五郎盛信には武田陣営で少しだけ仕掛けるよう指示した。少しは撹乱効果があるだろう。





 信忠は明智左馬助と面会した。信長と光秀、その子である信忠と、可愛がっていた甥の左馬助。お互いに生きているのを不思議に思い、これも何かの縁と考えた。勝頼は左馬助を信忠の家臣にどうだと言った。どうもクソもない。命令なら従うまでだが、わだかまりがないと言えば嘘になる。左馬助は光秀に従っただけであろう。信忠は左馬助に問うた。


「何故、生き延びた。何故、ここに現れた?」


「平和な世を作るために。その一心です。それには武田を頼るしかないと考えました」


 同じだな、ならば共に進むのもいいだろう。


「話は済んだか?」


 勝頼がすっと入ってきて言った。


「いつからおられたのですか?全く気付きませんでした。」


「余は剣の心得も忍びの心得もあるのでな。この位はわけないぞ。ところで左馬助に頼みたい事がある。長浜へ行ってくれ。国友村を潰してこい。すでに伊賀者を先行させている」




 左馬助は国友村に向かった。勝頼は長浜にいる真田信綱に文を出し、左馬助が生きていて武田についた事を伝えた。とりあえず左馬助になんかやらせて見たかったのである。本能寺では左馬助の動きが良く安土城へ行けなかった、あの見事な采配ができるならと期待した。


 国友村に着いた左馬助と伊賀の手の者は、人の気配が無い事に気付いた。


「こ、これは?」


 伊賀の者が不審に思い、何となく家の戸を開けようとした。なんか嫌な予感がする。


「待て、何かおかしい」


 声をかけるのが少し遅れ、戸を開けてしまった。その瞬間、その家は爆発した。

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