第137話 生きていたとは驚いた

 勝頼のところへ茜が報告にきていた。茜は武田諜報網の棟梁であり、各地の様子を知らせに来ていたのだ。


「東北は今のところ安泰です。伊達家は小次郎様が輝宗、政宗派の者達を退け、蘆名を継がれた源二郎様と共に民の為の政治を行なっています。ただ、秋田、南部、伊達、佐竹、里見、そして上杉のところへは秀吉から贈り物が届けられています。敵対意志のない事を伝えているようです。上杉は新発田を討伐しました。そういえば、久しぶりにお菊様にお会いしました。大殿とお松様と揃ってお会いしたいと申しておりました」


「盛信の名は出なかったのですか?」


「………、五郎様のお話はでませんでしたが、悲しそうではありました」


 五郎盛信は秀吉に付いた。今は鳴りを潜めているし、こちらも相手をする余裕はない。どう出てくるのか?


「毛利が水軍を再結成し、長宗我部軍とぶつかりました。圧倒的に毛利軍の勝利で、そのまま四国へ上陸しましたが、陸戦では互角で硬直状態です。毛利は秀吉についておりますが、今回の信忠様の進み具合でどう転ぶかわかりません」


「お市はどうしてる?」


「今堺におられます。堺に織田長益様の別宅があり、そこで情報収集をしておられます。いま、秀吉が大坂城を築城しており調査も兼ねて。毛利の出方によっては足止めを考えておられるようです」


「水軍はいざという時に戦いの要となる。お市へは無理はするなと伝えておいてくれ」


「それと足利義昭と顕如が秀吉に付きました。また秀吉は大崩から攫った者達を国友村に置き、何やら新しい武器を開発しているようです。警備が厳しく近寄ることができませんが、知った顔の者が出入りしていたと報告がありました」


 国友村か。少し前の諏訪の秘密工場みたいになっているのか。秀吉の前世の知識はどれくらいなのかによってはまずい事になるな。


「国友村を潰す。半蔵に言って直ぐに手を打て。それと、他に似たような場所がないか探ってくれ。俺ならそうする」


 そう、俺なら国友村を囮に使う、秀吉はどうする?それで秀吉の器がわかるかもしれん。


「清須城にいた池田恒興ですが、信忠様と信雄の会談中に城を抜け出しました。坂本城方面へ向かったようです」


「坂本城に集結しているようだが、何をする気なのか読めん。警戒は続けてくれ。しかし、池田恒興が逃げたか。信雄は見捨てられたという事か。憐れだな。で、会談はどうなった?」


「決裂しました。会談中に信雄の手の者が信忠様を襲い、そのまま喧嘩別れです。半蔵殿が信忠様をお守りしたそうです。どうやら信雄の命令ではなく、秀吉が派遣した甲賀者が仕掛けたようで信雄は嵌められたのかも知れません。ただ、その裏で怪しい動きが」


「ん?なんだ?」


「信忠様に護衛で付いていた沙沙貴彩が、敵の忍びと話をしていたそうです。その忍びは黒田官兵衛の手の者のようです」


「そうか、盛り沢山だな。沙沙貴の娘には注意しておけ。まさかとは思うがな。ところで俺も京へ行きたいのだが行けそうか?」


「京の周りは秀吉の勢力範囲です。非常に危険です」


「清須を片付けて、そのまま大軍で上るのはどうだ?」


「可能ですが、秀吉がどう出るか?それともう一つ、盛り沢山で申し訳ないのですが、大殿にお会いしたいという方をお連れしています」


「茜が連れてきたのだ、会わぬわけにもいくまい。誰じゃ?連れて参れ」


 そこにはくたびれた格好の若武者が出番を待ち構えていた。その男の名は、


「お目にかかれて恐悦至極にございます。それがし、明智左馬助光春と申します」


 え!! 生きてたの。ありゃ、まあ。どうしましょ。


「武田勝頼である。明智と申したな、光秀殿のご縁者か?」


「はい。日向守光秀は叔父でございます。山崎の戦いで秀吉に追われ、坂本城へ逃げる事ができました。その後なんとか生き延びてきた次第でございます」


「この陣にはそなたの仇、織田信忠殿がおられるが承知の上か」


「はい。信忠様には敵意はございません。主の命により一度は敵対しましたが、世の中を正しく導くためにした事です。光秀亡き後、世を治めるのにふさわしいお方に仕えたいと恥を忍んでやってきた次第。秀吉に一泡吹かせたい気持ちもあります」


「光秀殿に似て真っ直ぐな人のようだな。だが、信忠殿が何というか。もうすぐ戻ってくる、会ってみろ!」




 使い道のある男が現れた。勝頼はすでに命じたい仕事があったが、信忠に一応合わせることにした。少し信忠に遠慮し過ぎかもしれんな。いい機会になるか。

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