第139話 将軍奮起

 爆発により戸を開けた伊賀者が吹っ飛んだ。左馬助は、


「罠だ。周囲の調査を慎重に、恐らく何も残ってはいまい」


 秀吉はすでに国友村を移動させていた。異動先は、築城中の大坂城内である。ここなら勝頼も手がでまい。秀吉は勝頼の襲撃を予想していたのである。


 左馬助は何か手がかりはないかと調べたが何も見つける事が出来ず、勝頼の元へ戻りありのままを報告した。


「何人犠牲にした?」


「申し訳ありませぬ。一名死なせてしまいました」


 一名で済んだか。まあ合格点だな。左馬助を下がらせ、そのまま信忠に付くよう命じた。信忠は清洲城を囲んでいた。勝頼は馬場美濃守に指揮を任せこっそり京へ向かった。


 国友村がもぬけの殻なのは想定内だ。俺ならそうするし。だが、これで秀吉が切れ者だと改めて確認できたので、今後の進め方を見直す事にした。結構まずいんだよね、この展開。さて、国友村はどの程度の実力なのか?ある程度予想して対策しとかないとだね。でもどこへ引っ越したやら?恐らく賤ヶ岳の前だろうから西だな。と、なると、やっぱあそこか。





 秀吉は京へ向かいながら時間稼ぎを官兵衛に命じていた。もう少し武田軍を抑えろと。官兵衛は清洲城を見捨ててきた筒井順慶と池田恒興にムカついていた。そこで作戦を思いついた。


「公方様。今、公方様の元には五万の大軍がおります。そして公方様を脅かす武田軍は清須城を囲んでおります。清須城には織田家の棟梁、信雄様がおられます」


「だから、何だ。まどろっこしいぞ」


「公方様が軍を率いて信雄様を救出するのです。そうすれば織田家は公方様に忠誠を誓うでしょう。また、武田軍が仕掛けてくれば公方様に逆らう国賊です。足利将軍の旗を掲げて清須城にご出陣下さいませ」


「秀吉がおらん時にいいのか?」


 足利義昭は義輝が殺され、将軍になりはしたが、心底従う者は少なく毛利の世話になっていた。今回、顕如に誘われ近江まで出てきたが、戦をする気はなかった。このまま足利将軍が天下を治める事はあるまいと。


 信長が死に光秀も死んだ。そうしたら秀吉が出てきた、その秀吉は足利将軍を立てるというが信用できない。


 ところが思った以上の大軍がいて、指揮下にあると言う。しかもこの軍勢を率いて出陣だと。義昭は大軍を率いて出陣した経験はない、だが将軍として一度は大軍を率いて戦をしたいという憧れは持っていた。


 誘惑に負けた。顕如とも相談し、清須城へ向かう事にした。一向一揆には佐々成政、上杉景勝を牽制させ、前田利家には長浜を攻めるため利家自ら出陣するよう要請した。


 ここに足利将軍の旗の元、五万の大軍が清須へ向かう事になった。官兵衛の指示で前衛は池田恒興と筒井順慶だ。






 清洲城を囲む信忠の元に足利義昭が信雄の救援に五万の兵を引き連れ出陣したと情報が入った。勝頼に相談しようと思ったらいたのは影武者だった。


「馬場殿。勝頼様は何処へ?よりによって足利将軍が出陣して参りました」


「その様ですな。では、こちらに着く前に清洲城を落としなされ」


「何と申された。いや、わかり申した」


 馬場美濃守は全く動じていなかった。これが武田の強さかと改めて驚きつつ、自分の役目を思い出した。足利将軍が着くまでに数日はかかるであろう。確かに機は今だ。


 信忠は馬場美濃守、真田昌幸の手を借りて清洲城へ攻めかかった。織田信雄は信用していた池田恒興が逃げた事に動揺して何をしていいかわからなくなっていた。将の士気が上がらない城は脆い。あっという間に場内に侵入を許し、信雄は捕えられて信忠の前に連れられてきた。信雄を捕らえたのは今回が初陣の真田源三郎信幸だった。


「腹を切れ」


 信忠は一言言い放ち、城へ入った。そして、信雄が腹を切ったという情報をばら撒いた。






 黒田官兵衛は、清洲城が落ちた事を聞き、もう少し持たせられんのか、使えん漢だ、と腹の中で呟きながらこまっていた。足利義昭はその気になっているし。元々は筒井と池田が勝手に戦場を離れたのが悪いのだ。


 ぼちぼち秀吉は京へ着いただろうか。もう少し武田を足止めしたいところだ。

 このまま長浜へ向かう事にした。北ノ庄からは前田利家が向かっている。


 その動きを武田軍は予想していた。山県昌景は小牧山城を先行で落としていた。そして岐阜城に入り長浜へ向かっていた。馬場美濃守、真田昌幸も足利将軍の動きを聞き、信忠を清洲城に残し長浜へ向かった。秀吉と勝頼がいないところで足利義昭軍と武田軍がぶつかろうとしていた。





 長浜には信豊、真田信綱、上杉から応援の直江兼続ら二万がいた。岐阜から援軍がどんどん集まって来ていて、すぐにも三万になりそうだ。城の外に得意の変形魚鱗の陣に構えて、その前方所々に仮の砦を作った。敵が来る方向に空掘をこさえたり、兵は大忙しだ。信綱と兼続が相談しながら罠を作っている。元々は秀吉が長浜城奪回にくる事を想定しての準備だった。


「敵は南北から来ますな。真田殿の軍略は日本一と聞いております。いい勉強になります」


「兼続殿も名門上杉の軍師と聞いております。助言を頂きたく」


 信綱は年下の兼続に敬意を示していた。相談しながら敵の大軍を迎え撃つ準備を着々と進めていた。ただ敵が足利将軍になるとは想定外で、こちらから攻めるのは如何なものかと考えてここの総大将の信豊に相談したら、


「勝っちゃんじゃない、大殿いないからわしが決めるしかないな。最初に攻めさせろ、それで正当防衛だからその後はやっつけろ。攻めるときはわしも出る」


 いやいや総大将が出ちゃダメでしょ。本当にいつまでも若いんだからこの人は、と信綱は冷や汗をかきながら陣に戻った。そして自らが五千を引き連れ、最も前方の大型砦、後に「真田城」として後世に伝わる仮城に向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る