第132話 信忠尾張へ帰る

「慶次郎殿。ご家族はどうされた」


 勝頼は駿府から浜松へ向かう道すがら利益と話しながら向かった。周囲は戦国飛行隊の4人が護衛している。


「能登へ置いて参った。能登では信長様から五千石を頂いておりましたが、主君利家がどうも秀吉に寝返ったようなので嫌気が指して逃げて参りました。なに、利家は我が家族を手にかけるような男ではないのでそこは気にせず、それがしは自分が信じる道を生きます。生きる事にしたのです」


 前田慶次郎利益。既に50歳。滝川一益の弟の子であったが、前田家の当主利久の養子となる。荒子ではそこそこの家柄だったが、信長は家よりも実力主義、力のある利家に前田家を継がせ、利久は利家の家臣に成り下がった。利益はそんな事は気にしてはいなかったが、利家はこの事を気にしていた。利益は前田家ではそこそこの活躍をしたが、利家はこれ以上、いやこれ以下でもあるが利益の待遇を現状維持で留めたかった。後ろめたさがあるもののあまり活躍されても困るのだ。ところが、利益は戦場では強かった。年は上なくせに若い頃の利家より強いのではないかと思うくらいだ。なまじ強いので持て余した。利益は馬鹿ではない、利家が困っているのを見て、ここに居るのは得ではないと出奔する機会を伺っていた。家族へは説明済みだ。奥は家を気にせず好きに生きろと言ってくれた。


 利家が秀吉に懐柔されたのを見て飛び出したはいいものの、さて、どこへ行くか。京へ行き世の中の情勢を街人から聞き、武田に行く事にした。そこからはなぜかトントン拍子に勝頼に会え、なぜか秀吉攻めに同行している。利益は風の吹くままという言葉が好きだった。風に逆らわず進んだらこうなっただけだ。勝頼は不思議に仕官しろとは言わない、付いて来いと言っただけだ。


「もしやいい主人に巡り会えたかもしれん」






 秀吉は信雄に呼び出されていた。信忠生存の噂を聞き、気が動転しているようだ。そりゃそうだ、秀吉ですら慌てているのだから。


「羽柴秀吉。お呼びにより参上仕りました」


「おう、秀吉来てくれたか。兄上が生きていて余の首を取りにくるそうではないか。お主は余が織田家の跡取りだと言った。三法師を利用して政治は余が行うとな。だが兄上が生きているとなると話が違ってしまう。余はどうすればいい?」


「信雄様、慌てすぎです。武田が信忠様を担いで出てくる。確かに一大事です。だが、信忠様が生きている証拠はありませぬ。仮に生きていたとしても織田の家臣団はこの秀吉がまとめ、信雄様に忠誠を誓ってます。今更信忠が出てきたところでどうなる事でもありますまい。味方するのは阿呆の柴田の親父くらいなものです」


「その勝家じゃが、攻めてくるのではないか。もう雪は溶けたであろう」


「勝家なんぞ敵ではありませぬ。既に勝家の家臣のうち半分はこちらに寝返っております(実際はそこまではいってないけどな)。何も心配はいりゃなーです。で、柴田勝家はそれがしが引き受けます。信雄様は、池田恒興、筒井順慶を連れて武田を食い止めて下され。無理に勝とうとしないように。それがしが柴田を滅ぼし戻るまで持ちこたえてくれればいいのです」


 そういって秀吉は戻っていった。敵が二方向から攻めてくる以上、こちらも兵を分けなければ。信雄軍に甲賀の者を忍び込ませ、武田の情報を残さず取るようにした。


「勝頼はいずれ滅ぼす。まずは手の内を探る」


 秀吉は懐に穴山から手に入れたリボルバー雪風を入れていた。国友村の鉄砲鍛冶に真似させているが同じ物がなかなかできない。武田から攫った技術屋は鉄砲は作っていなかった。ただ、船と大筒について知っていたので、宇喜多に言って毛利と共同で新しい船を作らせている。長宗我部はどうやら勝家についたようだ。何度か説得したが言う事を聞かない。どうも光秀を殺した俺には味方したくないらしい。


 もう1人の秀吉は現代の知識で、飛行機の話を黒田官兵衛にしたが突拍子過ぎたのか、全く相手にしてくれなかった。国友村には機関銃の話をしたが原理がわからず、無理と言われた。秀吉は知っているだけで原理を知らない。それでは何も作れない。ところが、武田からきた技術屋が機関銃を勝頼が作っていたという話をしだし、国友村の右近が意地になった。負けてたまるかという技術屋魂である。とはいえ気合だけでは作れない。まだ完成には遠そうだ。




 勝頼一行は岡崎城へ入った、既に先鋒の信忠隊は那古野城を攻めている。尾張を進みながら、織田信忠見参という旗を掲げて、民へ米と金子をばら撒いた。尾張は地元である。あっという間に尾張の民は信忠に味方し始めた。那古野城は落ち、信忠は次の目標を清須城とした。信忠は久し振りの戦で高まっていた。このままの勢いで進もうとしたが、山県昌景に止められた。


「信忠様。ここまでは敵の抵抗もなく上手くいきましたが、この先は敵も備えておりましょう。物見の情報を得てから慎重に進まれるようお願い致す」


「山県殿。戦には勢いが必要だ。一気に尾張を取り戻す機会ではないか」


「大殿より言付かっております。信忠様が焦るだろうからそうしたら止めよと」


「焦るだと。勝頼殿がそう言っておったのか。そうか、わかった。山県殿の言う通りにしよう」




 清須城では、筒井順慶が一万の兵を連れて待ち構えていた。城を攻めている間に、他の遊軍が背後から攻めて挟み撃ちにする作戦だったが、空振りに終わった。清須では武田にいる信忠は偽物だ、例え本物だったとしても、織田家が大変な時に不在の大将など担ぐに値しない。織田の後継者は信雄様である、と民を煽動していた。そう、そのまま信忠が突き進んだら危なかったのである。

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