第131話 信忠の野望

 肝心の信忠は武蔵の八王子城にいた。勝頼にこの城と滝山城を貰った。とりあえずの生活費みたいなものだ。今の信忠には部下がいない、勝頼は武蔵の国衆と高さん兄弟を信忠につけた。高さん兄弟は護衛も兼ねている。死んだ沙沙貴の娘、彩も八王子城に住み着いた。彩は伊賀に顔がきき、服部半蔵とも繋がりがあった。信忠の忍びとして引き続き側にいた。そこに勝頼が現れた。


「信忠殿。腹は決まったのか?出るなら今、織田当主として戻るならな。この時を逃せば織田は秀吉によってただの一大名に成り下がる」


「勝頼殿。余は織田信長の嫡男。嫡男としてやるべき責任がござる。猿を討つ、親の真の仇は猿です。お力を貸して頂けませぬか?」


「わかった。そうくると思っていたよ。時は満ちた。今を逃せば織田には未来はない。柴田勝家に加担する。信雄、秀吉を討つ、それで良いか?」


「はい。仇を討った後はいかようにもして下さって結構。宜しくお頼み申し上げる」





 勝頼は信忠を連れて駿府へ戻った。その少し前、八王子城では軍議を開き、そう、勝頼だけが八王子城へ来たのではなかった。信勝、内藤、跡部、原、山県、信豊、曾根、真田信綱、室賀ら武田譜代に加え佐竹、結城、北条、そして上杉から直江兼続が揃い、信忠のための決起集会が行われた。勝頼は、


「織田信忠殿は我が弟である。その信忠殿が父上、信長殿の仇を討つために力を貸してくれという。余は同意した。この機を逃しては秀吉にいいようにやられてしまう。柴田勝家と共謀し、織田家を乗っ取った信雄、秀吉を成敗し、真の織田家当主、信忠殿を担ぎ上げる。曾根、作戦を」


「はっ。上杉様、跡部殿、真田殿、室賀殿は飛騨から美濃へ。北ノ庄から出てくる柴田勝家の側面支援をお願い申す。内藤殿は念のため五郎盛信の抑えに。柴田勝家にも念の為備えを。信忠様には山県様、馬場様、信豊様、原殿、が付き東海道を進み尾張から美濃へ。状況によっては伊勢、京へ向かう事になるでしょう。水軍は伊勢、大阪へ分かれ海上から砲撃後上陸部隊が近隣の城を占拠。毛利、長宗我部の水軍にも備えます。敵の水軍は一度壊滅しましたが年月が経っております。復活しているやも知れません」


「余はどうする?」


 笑いながら勝頼が言った。


「昌幸殿と遊撃部隊を指揮いただければと。お市様の新兵器もありますし、大殿の科学武器は使い方が難しい故、自ら好きにお使いいただければと」


「毛利、長宗我部は動くか?」


「わかりませぬ。織田内部の戦ゆえ高みの見物が普通ですが、相手が秀吉ですので備えておく必要はあると思います」


「各地の忍びに毛利、それに四国、九州勢の動きを報告させろ。真田信尹はどうしてる?」


 真田信尹。昌幸の弟でいざという時の為に九州の大友宗麟のところへ忍び込ませて、いや、双方の家臣として働かせている。大友城下には武田商店もあり、そこには通信機、愛話勝アイハカツ も置いてある。現在通信機が置いてあるのは、大友宗麟城下の武田商店、諏訪の秘密工場、大崩の秘密工場、駿府城の勝頼秘密部屋、堺の武田商店(九州まで電波が届かないので交換手の役割)だ。資源不足で増産できなかったが、玉さんが海外から輸入してきた物資で製作中であり、新小山城、黒川城にも設置予定である。


「信尹殿は今は大友宗麟の信頼厚く、千石の禄高を貰い家老職になっております。島津家が京へ登ろうと仕掛けてきており大友が抑えているそうです。毛利は秀吉に領地を減らされ今は力を貯めているようだと。水軍については四国の長宗我部と手を組み何やら目論んでいる様子。この話は、お市様、大崩の助さんなる者からの情報です」


「敵の出方はわからん。信雄、秀吉を牽制しつつ進軍する。決戦の場を探っておけ」






 信勝は駿府へ残った。念のためだ。勝頼が死ぬような事になった時に信勝まで死んでは武田が滅んでしまう。旧今川、三河兵を要所に残していけば大丈夫だろう。関東の居留守には念のため蘆名信繁改め幸村と、佐竹に任せた。北条は兵二千を応援に出してきたので山県隊に組み入れた。


 今の北条は氏規が当主だ。あわよくば功績を挙げ相模を取り戻したいと野心満々だった。今の北条家には武田嫌いがほとんど残っていない。


 各位が兵を揃えて進軍を始めた。柴田勝家とは連絡を取り、武田は信忠を担いで進軍するから、お味方願いたいと願い出た。信雄と秀吉は信忠を偽物と決めつけ殺す気だと。上杉とは争うな、お味方すると伝え、念を押した。つい先程まで争っていた間柄である。上杉景勝は上杉内紛を鎮めている間に柴田勝家に領地を分捕られた。恨み多い柴田勝家に味方するのは断腸の思いだろう。勝頼を信じて預けてくれた。その義に報いろと。






 そんな中、駿府では約束通り信勝と茶々の婚儀が行われた。信勝にはすでに側室がいる。忍城の成田の娘、甲斐姫だ。茶々は正室として迎い入れた。本来はどこかの大名の娘を正室にするべきだが、反対するものはいなかった。幼い頃から兄妹として育った2人は相思相愛で、2人ともやっと願いが叶ったという雰囲気だった。


 歴史で知る淀君とはだいぶ違う。お市の育て方が良かったのだろうか、大阪城を仕切るような雰囲気はまるでない。これで秀頼は産まれない、色々な意味で価値のある婚儀だった。






 婚儀が終わった頃、勝頼を訪ねてきた男がいた。前田慶次郎利益である。すぐさま着替え面通りした。


「武田勝頼である。前田殿ともうしたな。利家殿のご親戚か?」


 いやいやすごいの来ちゃったよ、どうしましょ。と心の中で動揺しまくりの勝頼だった。怒らせてキセルでこーーんとか打たれたらどうしよう。


「前田慶次郎利益と申します。いきなり来てお会いしていただけるとは思っていませんでした。何故でございますか?」


「この時期に余を訪ねてくる者。吉報かそれとも、いや、前田慶次郎という名に興味を持ったのだ。それに今日は信勝の婚儀の日。そのような日に悪報がくるわけもなし。で、利家殿のご兄弟か?」


「いえ、利家は叔父にあたります。それがしより年下ですが」


「そうか。そういう人生もあろう。せっかく参ったのだ。駿府をゆるりと見て回られよ、と言いたいところだが余はこれから出陣する。ついて参れ」


「何と、秀吉とで」


「そうだ。織田家の家督争いに加担する。信忠を担いでな。利益殿は誰の味方だ?秀吉に付くなら今すぐ戻って支度せい、戦場で会おう。誰の味方でもないなら、余について参れ。戦を見物していくが良い」


「一つよろしいかな?何故にどこの馬の骨ともわからぬそれがしにそこまでしていただけるのか」


「ふむ。では利益殿は何の要件で参ったのだ。この勝頼を値踏みしにきたのであろう。違うか」


 利益は勝頼を気に入った、その通りですといい、戦に同行する事になった。

  

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