第117話 騙し合い

山県昌景は穴山がどう攻めてくるか、どう備えているかを考えていた。穴山は大殿と行動を共にする事が多かったので、手の内はバレているだろう。火炎瓶も手榴弾も、それに空中からの攻撃も想定していると見ていいだろう。迂闊に攻めかかると酷い目にあいそうだ。といって、このままお見合いしていても仕方がない。大殿が小山に着いてしまう。


「信豊殿。明日仕掛けようと思うが」


「よろしいかと。大殿もぼちぼち到着するでしょうし。先鋒は武蔵勢ですかな?」


「信豊殿にお願いしたい。恐らく穴山は何かを企んでいる。陽動に乗ってはならない。好機と思ったら引くべし。それができるのは信豊殿の隊でござる」


「好機と思ったら引く、ですか。それがしの性にはあいませぬがやり遂げましょう。それで蘆名へ仕掛けるなとの事ですが、蘆名勢は穴山隊の左右に翼のごとく陣を組んでおります。鶴翼の陣の進化版のようです。関東平野は広い。このようなただの平地の戦では騎馬が有効に見えますが、さて」


「穴山は武田騎馬隊の強さはわかっている、何か備えがあるはずだ。だからこそ好機が危険なのだ。蘆名へは大殿が調略を仕掛けている。恐らくは静観するだろう。蘆名が出てきたら引け。大殿の命令だ」


「突っ込むなという事ですな」


「穴山は信豊殿の事をよう知っている。突っ込んでくると思って何かやってくるだろう」






翌朝、穴山梅雪は兵二千で仕掛けた。武田の先鋒に近づいて銃を撃ち、武田軍が出てくると徒士が前に出て銃兵を守り引いていった。ヒットアンドアウエイである。それを何度か繰り返し武田軍を苛立たせた。


その時、穴山軍が足元を滑らし転び、ドミノ倒しのようになった。


「今だ、討ち取れ」


信豊の掛け声で一斉に矢を打ちかけたあと騎馬隊が走り出した。あっという間に逃げ遅れた穴山の部隊を蹴散らした。勢いよく飛び出した先、敵が逃げ惑い、左右に別れて逃げ出した。正面に穴山の本陣が見える、このまま本陣へ、と思った時、山県昌景の言葉を思い出し、軍に引く合図を出し自らも引いた。


「危ない危ない、あのまま突っ込んだらどうなったのか?」


山県昌景は戻った信豊を絶賛した。


「信豊殿。見事でござった。あの先に待つのは落とし穴か鉄砲隊か。足を止められたところに鶴翼の兵が襲いかかる作戦だと思われる。信豊殿の気性からまさか引くとは思わなかったであろう。今頃慌ててるぞ」


「まさに絶好の機会でした。これが作戦とは。穴山恐るべし」






穴山梅雪は信豊が出てきた時に、勝った と思った。上手いこと味方が倒れて信豊が突っ込んでくる、そこに逃げ惑う敵の先に本陣が見え遮るものは無い。騎馬隊が本陣をそのまま急襲できるように見える。信豊の性格から考えれば本陣に仕掛けてくると思いきや、何事もなかったように引いてしまった。まさか読まれたか?信豊軍の統率がこんなに取れているとは、。信玄公がいた頃の武田軍のようだ。


そのまま突っ込んでくれば騎馬隊は落とし穴に落ち一斉射撃を喰らうはずであった。昌景のジジイめ。


「仕切り直しだ。蘆名殿をここに」


蘆名小次郎が穴山の本陣にやってきた。


「うまくいかなかったようでござるな」


「武田同士の戦でござる。お互いをよく知ってるが故に策が予想できるのでしょう。敵は山県昌景。武田軍最高の将です。恐らく落とし穴は想定されています。その上で次は向こうから仕掛けてきます。勝頼が小山へ向かっています。勝頼がくる前に山県昌景の軍を討ち果たします。ご協力を。小次郎殿にもこの戦、いい経験になりましょうぞ。敵はあの信玄公の懐刀、いい敵でござる。このまま鶴翼の陣で敵を包み込みます」


小次郎は自分の陣に帰った。未だに悩んでいた。この戦は穴山の戦、蘆名の戦ではない、昨夜の軍議で重臣の須田が言った言葉を思い出した。蘆名の陣には半蔵が控えていた。


「半蔵、いい所に居るな。決めたぞ、この戦は蘆名家の戦ではない。後に勝頼殿にお目にかかりたい」


「承りました。穴山を騙す為にも多少の戦闘のフリは必要です。兵に少し犠牲が出ますがお許しを。この戦の後、小山城へは寄らずにお引き上げください」






その頃勝頼は、結城晴朝を通じて白河結城氏、結城義親を説得させていた。蘆名も武田に味方する、今なら晴朝に免じ所領は安堵すると。悟郎によると関東の大名は皆縁戚関係を結んでいてややこしいのだそうだ。誰の妹が誰に嫁いだとかようわからん。長年北条と上杉の板挟みだったから大変だったのだろう。


同じ結城家だし話が通るといいのだけど。戦って負ける気はしないが兵が減るのは先を考えると好ましくない。できれば宇都宮もと思っているのだが、小山城に籠城していて接触できない。穴山の見張りが厳しいのと、どうも駿府城を真似て忍びが入り込めない作りになっているようだ。


小山城が見えるところまで進んだ。そこで小田原城の情報が入ってきた。完全延焼、氏直も死んだらしい。穴山軍にこの情報が伝わるようにあちこちで言いふらすよう指示した。


えっ?信忠が同乗したの。腹を決めたかな?駿府にいる茜に信忠から出る文の類いの中身を確認するよう使いをだした。織田家と連絡を取ろうとしていたらとりあえず留めておけと。無いとは思うけどね。




信勝の作戦通り、小山城へ抑えを残して穴山軍へ向かおうとしたところ、日光から進んできた跡部軍が今市で結城義親、那須軍と戦闘になった情報が入った。軍を半分に分けて、こちらにも仕掛けてくるらしい。説得が間に合わなかったようだ。足留めが目的のようだが、相手をしないわけにもいかない。前には小山城、後ろは真田が抑えている佐野城、南は穴山軍、北は那須、鹿沼勢、一応囲まれてるね。さて、信勝君。どうするのかな?


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