第118話 寝返り

 山県昌景は翌早朝、全軍で攻撃を仕掛ける作戦を諸将に伝えた。穴山軍は馬防柵を作っているようだ。


 今度は武蔵勢が先鋒で、落とし穴があるかはわからないが正面は避け、前回、敵が逃げたところを通って左右から進軍する作戦だ。敵軍の両側は蘆名勢が固めている。


「多少の犠牲は構わん。蘆名勢を蹴散らし両側から回り込んで本陣を目指す。うまくいけば大殿と挟み討ちにできる」





 翌朝、作戦通り武蔵勢が掛け声とともに鶴翼の翼部分に突っ込んでいった。その後を信豊、原が両側に別れて進んだ。蘆名軍とぶつかった武蔵勢は蘆名の抵抗が緩く、簡単に蹴散らした。そこを信豊、原が勢いを減らすことなくかけ抜けて穴山軍に突っ込んでいった。


 穴山軍は後ろの蘆名勢がいるので銃、矢が使えず乱戦となった。蘆名軍は積極的には戦わず引きぎみだったため、武蔵勢も加わり穴山軍とぶつかった。蘆名軍を除けば兵の数に大差はない。混戦になったかに見えた。


 その時、銃声が三連続でなった。その合図とともに右翼の穴山軍が走って逃げ出した。今まで戦いが行われていた平野には原勢と武蔵勢が残された。


「いかん、引くぞ。合図だ」


 原昌胤は慌てて合図を出した。穴山本陣には馬防柵があり、そこから無数の銃口がこちらを狙っていた。一斉射撃をくらい十数名の兵が倒れたが素早く引いたので犠牲は少なかった。この間に蘆名軍は何故か下がっていった。蘆名が引いた後、翼の側面攻撃が可能になった。正面は馬防柵、側面は手薄、というより鶴翼の陣は側面攻撃には弱い。一度引いて立て直した原勢は穴山軍の側面に突っ込んだ。


 逆側では同じように信豊が側面に突っ込んでいた。それを見た山県昌景は今が好機と本陣を引き払い攻めに加わった。


「なんで側面を突かれた?蘆名はどうした?」


「蘆名勢は武田に簡単に蹴散らされ陣を下げました」


「須田殿。どういうことですかな?」


 穴山梅雪は本陣にいる蘆名家重臣の須田盛秀に尋ねた。


「先程、穴山様は我が蘆名勢に向かって銃を撃たれた。巻き添えになってはいかぬと引いたのです」


「あれは作戦。蘆名勢を撃ったのではござらん。小次郎殿はそんな事もわからんのか」


「いかに穴山様とて我が殿を馬鹿にするのはやめていただきたい」


 須田は大声で叫んだ。


「では直ぐに背後から武田軍を突くようにしていただきたい。挟み討ちにする絶好の機会だ」


 須田は承った、と言い蘆名陣へ向かった。大丈夫か?まさかここまできて寝返る事はあるまいが。穴山は伝令役に須田に付いていくよう指示し、戦場に目を向けた。蘆名が参戦しないと数は五分五分、小山城までは一里、最悪は城まで一時退却だな。


 しばらくして、蘆名が再び前線に出た。よし、これで勝った





 蘆名陣には服部半蔵が付いていた。


「蘆名様。今こそ武田に味方する絶好機。ここで蘆名勢が加われば穴山を討ち果たす事ができますぞ」


「余にそこまでやれと申すか」


「機という物は絶えず動きます。その時々でのご判断が生き残るために必要なのです。武田は本陣を引き払い総攻撃に出ていますが、今が好機と見たからです。ご判断を」


 そう言って半蔵は引き上げた。須田と一緒に穴山の兵がやってきたからである。半蔵の顔を知っているかもしれないからだ。まあ蘆名がここで敵にさえ回らなければ問題はない。



 穴山の伝令兵が小次郎に申し出た。


「梅雪様からの伝言です。兵を再び前線へ出して武田の背後を突くように、挟み討ちにする絶好機との仰せです」


「確かに聞いた。下がれ」


 伝令兵は本陣外で控えた。須田が小次郎の耳元で小声で話した。


「このまま何もしないのがいいかと。勝ちそうな方に付きましょう。今は様子見です」


「蘆名はそのような卑怯な真似をするのか。伊達家ではありえん。武田に付くと決めたのだ。それを貫くのみ。出陣し武田と共に穴山を討つ。そこの穴山兵にはすぐに出陣と伝え戻ってもらえ」


 小次郎は須田にはっきりと自分の意志を伝え出陣の準備に入った。須田は穴山の使者にすぐに出陣致すと伝え戻るように伝えたが、使者は出陣を見届けると言い帰らなかった。


 蘆名軍は合図の狼煙を上げ、左右同時に進軍を始めた。武田軍の背後に徐々に近づいていった。そのまま武田軍を攻めるかと思いきや武田軍の中に紛れていき、穴山勢攻撃に加わった。


「蘆名様、これはどういう事ですか?すぐに軍をお引きください」


 使者が叫びながら小次郎の前に飛び出した。


「使者殿。そなたは陣に戻られよ。ここで斬るような事はせん。訳あって武田に付くことになった。次は戦場で会おう」


 小次郎は使者を送り出した。そして赤備え輝かしい山県昌景の元へ歩いていった。


「山県殿とお見受けする。蘆名小次郎である」


「山県昌景でござる。蘆名様わざわざのお越し、恐悦至極でございます。勝頼公から蘆名様はお味方になるゆえ、攻撃を控えるよう言われておりました。多少被害が出てしまい申し訳ございません」


「作戦上仕方あるまい。勝頼殿にお目にかかりたいのだが」


「小山城の近くに陣取っておられます。この戦の後、ご案内致します。まずは穴山を」

 武田、蘆名合同軍は穴山本陣へ攻めかかった。穴山軍は弱い側面を突かれたが引きながら距離を取り、そこを後方の弓矢隊からの援護攻撃が武田軍を襲い、陣を立て直した。その後も左右にジグザグに引きながら銃、矢を撃ちかけ武田軍を近づけさせなかった。武田の騎馬隊が駆け出した。穴山軍に突っ込むと思いきや落とし穴に落ちた。ジグザグに逃げていたのには理由があったのだ。おそらく穴山軍にしかわからない目印があるのだろう。勢いよく攻め込んだ騎馬何頭かが落とし穴に落ちたのだが、たかが何頭なのに攻め方はうろたえた。


 その隙に穴山軍は小山城へ逃げ込んでしまった。


 穴山梅雪は蘆名が裏切ったら即引くように準備をしていたのである。馬鹿な蘆名め。武田の背後をつけば英雄になれたものを。穴山梅雪は城へ戻り攻撃準備を始めた。今こそ新小山城の恐ろしさを思い知らせてやると。

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