第116話 蘆名小次郎

 勝頼の元に服部半蔵が現れた。


「山県様の軍が小山へ向かって進み始めました」


 勝頼は信勝を呼び作戦を聞いた。どう攻める?穴山は山県軍を北条と挟み討ちにすべく城を出たそうだ。穴山はいつ知るのかね、小田原の悲劇を。などと偉そうに言いながら勝頼も北条氏直が死んだ事はまだ知らない。


「物見によりますと、蘆名の応援を加えた穴山軍二万五千は山県と正面からぶつかるようです。小山城には宇都宮勢三千が残り、鹿沼、那須勢に加えて白河結城氏が日光方面を抑えつつ小山を遠方支援しています。我が本隊はそのまま小山城を攻め、そのまま落としてしまえば日光方面も古河方面も挟み討ちにできます」


 曾根昌世は勝頼に断ってから発言した。


「恐れながらお屋形様。それはいい作戦ではありますが危ういと思われます。山県様は一万五千、穴山は二万五千。地の利も穴山にあります。それに小山城は穴山が改修した城。簡単に落とせるとは思えませぬ。城攻めに手こずっているうちに山県様が危うくなります」


「うむ。確かにその危険はある。ではどうするのだ?」


「はい。策は二案ございます。小山城を三千の兵で抑え残りは穴山の背後を付きます。山県様と連携して穴山に挑みます。結城様の城が近いので援護を要請しますが、結城様が裏切る可能性も考えなければなりません」


「なら援護を頼む事はないではないか!」


「誰が敵で誰が味方か。その時々で変わる者、信じられる者は誰なのかを見極めるいい機会と考えます。結城様には来年勝昌様がご養子に行かれる予定です。結城様がどう動くか、大事なところです。結城様が裏切るとは思えませぬが、想定はしておくべきかと」


「二案目は?」


「穴山の頼みは蘆名勢一万の応援です。穴山を攻めた後は東北へ出る事になります。ここで蘆名とぶつかると東北の戦は収まりません。蘆名勢を調略し、傍観者にさせます」


 信勝は蘆名が穴山の応援に来ているからには戦うことしか考えていなかった。これが策士の考え方なのか。決め付けず、利が一番あるのは何かを考える、いや、余は勉強中なのだ。焦るな信勝。信勝は自分に喝をいれた。


「面白い策だな。だがどうやって蘆名を味方にするのだ」


「大殿の忍びに木村悟郎という者がおります。その者の情報では蘆名は養子の小次郎が家督を継いだばかり。功を焦っている様子。この戦でいいところを見せようと自ら出陣してきています。小次郎の兄は伊達家の嫡男政宗です。まだ家督は継いでおりませんがなかなかの漢だそうです。兄弟ではありますが小次郎の方は政宗を毛嫌いしているとの事です。そこにつけ込みます」


 曾根の策は、小次郎に接触し武田が協力するから伊達を一緒に攻めようという物だった。木村悟郎は小次郎の母である最上御前に既に接触しており感触は悪くないそうだ。最上御前は伊達輝宗の正妻であり、次男ではあるが小次郎に伊達家を継がせたかった。ただし輝宗は政宗を残し、小次郎を養子に出した。最上御前は小次郎と一緒に蘆名に引っ越したのである。


 信勝は迷った。どちらもいい策と思える。だが功を焦ってる小次郎がここで寝返るのか?勝頼を見るとお前が決めろという顔をしていた。


「その策を二つ合わせよう。蘆名を調略しつつ穴山を背後から攻める。ただし蘆名へは仕掛けるな」


 勝頼はふと思い出した。政宗が別腹?あれ、そうだったっけ?、歴史変わってんじゃんね?これってどうなるの?それともこっちが本当なのか?






 山県昌景は赤備えで穴山軍と半里の距離で向き合っていた。原、信豊の他、北条の抑えに回っていた忍城の成田や武蔵勢が加わり兵は一万八千に増えていた。


「北条が引いたのでこの戦、勝ったも同然」


「信豊殿。如何なる時も油断大敵」


「山県殿。それはそうですが、大殿が向こう側から来るのなら安心でしょう」


「穴山は武田を知り尽くしている。簡単には行くまい」


 そこに信勝から伝言が届いた。蘆名へは仕掛けるなと。山県は作戦の意味を理解した。






 穴山は北条の動きを待っていたがいくら待っても現れない。勝頼がこっちへ向かって来ているそうだ。佐野へは城を出て戦うように、白河結城勢に勝頼の背後を脅かすよう指示して、山県軍へ仕掛けようとしていた。


「蘆名殿。北条は当てにならないようです。明日、武田軍をこちらに誘き寄せます。敵の騎馬隊は強い。しかし、騎馬隊を潰せば普通の軍に成り下がります」


「どうするのです?」


 蘆名小次郎は穴山に聞いた。


「敵に仕掛け乱戦となったところで左右に広がりながら逃げ出します。敵の正面にはそれがしの旗印、騎馬隊は突っ込んでくるでしょう。そこには、」


「そこには?」


「それはお楽しみ。そこを側面から蘆名勢に突っ込んでいただきたく」





 その夜、蘆名小次郎の元に服部半蔵が訪れていた。半蔵は木村悟郎と一緒に蘆名家に出入りしていて顔見知りとなっていた。


「蘆名様。武田は蘆名様と争う気はございません。穴山のと戦の後は東北へ進む予定でありますが、蘆名様に東北を治めていただきたいと考えております。武田は佐竹様、結城様、里見様とも友好的な関係を作っており、攻めるのではなく共存の道を進んでおります。民のために一日も早く戦のない世の中にするというのが、大殿、勝頼公の考え方です。今回蘆名様が穴山に味方をしないでいただければ、武田はこのご恩を東北でお返しします」


「半蔵。ここで穴山殿を裏切るのは義に反する」


「裏切るのではございません。何もしないでいただきたいのです。武田軍は蘆名様へは仕掛けません。静観していただければそれだけでいいのです。勝頼公は言っておられました。数年後、伊達家を継いだ政宗公により蘆名家は滅ぼされるであろうと」


「何だと!」


 あり得る話だ。あの兄上なら。


「武田は味方する者は大事に致します。敵対する者には厳しいですが。今回北条が引きましたが、いずれ理由がわかりましょう。それでは失礼致します」


 小次郎は重臣を呼び話し合った。

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