第114話 渡良瀬川の攻防

 渡良瀬側の堰の近くに武田の兵五十が合図を待って潜んでいた。山の上、夜を待って飛び立つハンググライダー甲斐紫電カイシデン。明るい間に山の上から、望遠鏡『見えるんです』を使って敵の位置は掴んである。


 堰に地上から近づくにはうねった狭い小道を通らなければならないが、そこは大軍は進めない。また、敵が備えていて近づけば、銃、矢の餌食だ。


「空爆開始」


 紫乃の掛け声で上空から手榴弾、桜花散撃改がばら撒かれる。敵の基地と思われる仮の砦らしきところへは相良油田から汲み出された原油を使った火炎瓶が落とされて、燃え盛った。


 敵兵が減っていく中、それを合図と武田兵が進軍を開始した。爆撃を終えた紫乃達は引き上げていった。


 翌朝、堰が切られ下流に濁流が流れ川幅が広がった。あえて、桐生の堰には手をつけなかった。






 佐野陣営では堰が切られた事を聞き、軍議が開かれた。佐野が口火を切った。


「穴山様から勝頼を引きつけておくよう指示がきた。東北道の軍を合流される前に叩くそうだ。堰がきられたが、もう一つ残っている。これをうまく使って勝機に結びつけたい。援軍は今日にも着く予定だ」


「武田はもう一つ堰があるとは気づくまい。この水が引いた頃、攻めてくるだろう」


「堰をどう使うかだ。合図は鉄砲三連発を繋げば届くが、堰を切ってからどの位で水が届く?」


「半刻はかかりましょう。その間に武田兵を川の中腹に留めれば良いのです。敵兵が千人弱川を渡りきり、残りの兵が流されてくれれば勝利は確実かと」


「なぜ千人なのだ?」


「その程度ならこちらの兵で楽に倒せます。こちら側に上陸させ向こうに勢いがあると思わせるのです。向こう岸の兵は絶好の機会とばかりに押せ押せで川を渡るでしょう。出来るだけ多くの兵を川の中に引きずり込むのです。川べりで四半時持ちこたえた後、こちらが引けば乗ってくるでしょう。」


 佐野宗綱と山上道及はこの会話で重臣に細かな指示を伝えていた。足利の堰を切らすまでは作戦通りだった。





 翌日川の水が引いたのを切っ掛けに武田軍が進軍を始めた。人が楽に渡れる浅瀬を選んで弾除けの竹襖を前にして進んだ。佐野軍は当然待ち構えていて、鉄砲と矢を交互に撃ち武田軍を牽制したが殆どが竹襖に防がれた。竹襖隊の後ろから佐野軍の鉄砲隊に向かって何かが飛んでいった。そう、射程距離の伸びた桜花散撃改である。立て続けに三発発射され、佐野軍の鉄砲隊を無効化した。それを切っ掛けに武田軍前衛は川を一気に渡るべく走り出した。


「合図だ。堰を切らせろ。そして半刻持ちこたえるのだ」


 山上道及は配下に指示を出し、自らが敵兵を川から上げないよう先陣に立った。


 武田軍前衛が川の土手を登ろうとするのを佐野軍の兵が応戦し、壁となった。鉄砲隊は沈黙したが弓矢隊は引き続き川に向かって矢を射続けた。


 武田軍の先鋒は小山田軍だ。ここで手柄を立てねば生かしてもらった意味がない、皆死に物狂いで土手を登った。もう一発、桜花散撃改が佐野軍の中央で炸裂した。それを切っ掛けに守備が乱れて、武田軍は次々と上陸していった。


「あと半刻持ちこたえよ。全軍かかれー!」


 佐野宗綱の掛け声で土手周辺に三千の兵が武田軍を食い止めようと踏ん張った。敵味方が入り乱れると飛び道具は使えない。お互いに傷つけあいながら戦闘が続いた。


「まだ水は来ないか。まだか」


 佐野軍は


 徐々に押され始めた。山上道及は槍を振り回して武田軍の進軍を食い止めてはいるが敵兵が多すぎる。ぼちぼちだろうと一度本陣まで引いた。


「物見を出せ、水はどこまで来ている?」


「それが、堰を切った合図はありましたが、水が来る気配がありません」


「どういう事だ?」


 山上道及は首を傾げた。堰を切ったならばもう水が来ていい頃だ。作戦通り武田の兵が水に流され我らの勝ちだ。ところが、一向に川の水が増えない。そうこうしているうちに、武田に兵がどんどん押し寄せてきた。すでに半分の兵が川を越えてきていた。


「いかん、城へ戻るぞ。仕切り直しだ」


 佐野軍は必死に城まで逃げた。この戦での死傷者千名、完全なる敗北だった。




 水はどこへいったのであろうか?勝頼は敵の作戦を読んでいた。なら、水がこなきゃ勝ちじゃんね、という事で一度切った足利の堰を水が減ったところでもう一度作り直したのである。というか、最初からもう一度水を貯めるために堰を切るときに修復しやすいように一部のみ切らせた。高城兄弟は甲斐紫電カイシデン から降りた後、堰に戻り武田兵を使って堰を修復、補強させていた。周囲は忍びに警戒させて情報が漏れないように。そして武田軍の攻撃と同時に水を止めた。


 桐生の堰から流れ出た濁流は足利の堰で食い止められた。武田軍が川を渡り切った合図とともに、再び堰を切った。時間外れの濁流が流れていった。





 信勝は佐野城を前に陣を組ませた。前衛に小山田率いる甲斐勢、その後ろに駿河勢、三河勢が三角形のように並ぶ。物見の報告では城の中に二千、背後に応援の兵二千がいるそうだ。


 正面から攻めれば背後の兵が廻り込んでくる。背後を攻めれば直ぐに城へ戻ってしまう、という作戦のようだ。

 信勝は軍議を開いた。


「皆の者良くやった。ほとんど損害なく川を渡ることができた。さて、敵は籠城するようだが、どう思う」


 駿河勢を率いてきた曾根昌世が答えた。


「何やら時間稼ぎをしているように見受けられます。真田殿はどう思われる?」


「曾根殿と同じ考えです。我らを足止めしたいのでは?」


 この二人、小姓の頃から仲がいい。二人とも軍師として申し分ない。今後はこの二人は別の軍に分けた方がいいかな?と思いつつ勝頼が発言した。


「川の作戦がうまくいかなかったのが想定外でまずは籠城したというところだろう。この二人の言うように、どうやら穴山のところへ我らを行かせたくないようだな。穴山は山県隊とぶつかる気だろう。ここは昌幸に五千をつけて残し、我らは小山へ向かうのがいいと思う」


 信勝は考えた。真田隊を置いていくのが不安だったのである。だが、背後を突かれ挟みうちになっては最悪だ。抑えはいる。小山田隊は穴山にぶつける、適任は、…………。真田か。まずは山県隊の情報だ。


「山県隊は今どうなっている?」


「はっ、古河に滞在しております。こちらの進軍具合を見て調整しています」


「わかった。真田隊は佐野城の抑えに。残りは小山城へ向かう。山県隊と連絡を取り、足並みを揃える」

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