第113話 東北大戦争

 桃は勝頼の護衛を高さん兄弟に任せて駿府へ戻っていった。悟郎は再び伊達の動きを探りに行った。


 下野に入ったが勝頼軍2万に逆らう者はなく、佐野城へ近づいた。佐野宗綱は城の外に陣を引いていた。およそ三千、渡良瀬川を挟んで武田軍と向き合った。

 勝頼は物見を出し、足利城、館林城、壬生城の動きを探らせた。


「敵の動きが見えるまでは待機だな。佐野宗綱は上杉と戦って無敗と言われる漢。策略は昌幸並みと考えるべきだ。大軍だからといって油断すると足元掬われるぞ」


 信勝は軍事教育を受けていたので頭ではわかっているが、物量に勝る策にぶちあたった経験はなかった。すると周囲を見渡していた昌幸が、


「大殿。気になることが」


「水か?」


「はい。以前通った時はもう少し川の水があった気がします。上流を堰き止めているやもしれません」


 大軍をぶつけられて籠城しないという事は何か企んでいるのだろう。迂闊には仕掛けられないな。信勝にはいい経験だろう。任せてみるか。


「信勝。強敵だ、余は後ろで見ているからな、任せた」


「わかりました。昌幸、物見の報告を待つ。兵には指示があるまで仕掛けないよう厳重にな。それと川を渡れるところを探しておいてくれ」


「承知しました。川が勝敗を分けましょう。いっそ橋でもかけますか?」


「さすがにな、時間がかかりすぎるであろう。逃げるようで癪だが、遠回りして川を渡る方がいいかも知れん。佐野を無視して小山へ向かうか」


「挟み討ちになりますが」


「そこの裏をかく。どうだ?」


「良い策だと思います。まずは物見の報告を待ちましょう」






 お見合いになって二日が過ぎた。山上道及は呟いた。


「仕掛けてきませんな」


「穴山様がいってたであろう。敵には真田昌幸という天下一の策士がおると。三方ヶ原で徳川家康が仕掛けさせられて死んだのも真田の策だという。あの織田信長も真田とは戦いたくないといっていたそうだ」


 佐野宗綱は川向こうの敵陣を見つつ答えた。


「敵に不足はありませんな」


「川の仕掛けに気づいたかもしれん。地の利はこちらにあるし長引けば不利になるのは向こうだ。さて、どうでるか」






 物見の報告によるとやはり渡良瀬川は堰き止められていた。しかも足利に一箇所あるだけでなく、さらに上流の桐生にも水が溜められていた。普通は一箇所見つければそこで探すのをやめてしまうのだが、勝頼に鍛えられた伊那衆は大したものだ。見逃したら何言われるか、もう、怖い怖い。


「二箇所とは。油断を誘う作戦か。一度水責めがあればすぐにまたあるとは思わん。どのような策かはわからんが迂闊に川に兵を進めるわけにはいかんな。今のうちに堰を切ってしまえ」


「それが護衛がいる上に難所で近づくのも難しいと」


 信勝の指示に昌幸が答えた。


「父上、例のやつで空からは行けませぬか?」


「気球は今回別行動だ。甲斐紫電カイシデンは山がないと飛び立てんし、今は乗れるやつが、あ、高さん乗れたっけ?ただ昼間は下から狙い撃ちされるから夜まで待たないとな。桃は帰っちまったし。高城兄弟と紫乃を呼んでくれ。で、堰を切ってそれからどうするつもりだ?」


「相手の様子を見ます。どうやら橋も落とされているようですし」


 川のこちら側には山がなかったが、幸い足利の堰の近くに小山があった。勝頼はそこにハンググライダー 甲斐紫電カイシデンを運び込んだ。紫乃、高城兄弟、伊那忍び三名が選ばれた。


「堰を守っている兵だけ空から倒せ。そしたら川のこっち側に戻ってこい。長居すると狙われるぞ。空撃があるのは敵に知られてるから不意をつかないと危険だ。ある程度兵が減ったところで陸から堰を切る別働隊が動く」





 穴山梅雪は小山城で、各地からの報告を聞いていた。穴山は信玄とは別の諜報網を持っていた。信玄時代、外交は主に穴山の役目だったからである。


 蘆名は一万の兵を出してきた。蘆名は今年、養子の伊達小次郎が跡目を継いだ。兄の政宗には負けたくないのであろう。その兄のいる伊達も三千の兵を佐竹に向けて出陣させ牽制している。上杉には蘆名を使い新発田重家に牽制させた。新発田は蘆名に唆されて上杉から独立したため、矢面に立たされてしまっている。白河結城家の結城義親、那須氏も穴山に付いて五千の兵を出してきた。


 そう、武田家にとっては元身内の穴山を成敗するだけの戦だが、必然と東北大戦争になっていく。それだけ穴山の下野は重要な場所なのである。ここが再び武田になり、上杉と結ばれると次は陸奥、出羽が危なくなる。


 武田は三方向から攻めてきているようだ。東北道を一万五千、上野から日光へ一万、忍城から佐野へ二万だ。よくもこんなに集めたものだ。武田と隣接している織田の領地は信雄が治めていて今のところ西が安心という事か。小山田は落ちたらしい。佐竹、下総の結城、里見は武田側のようだ。なんとか武蔵勢を使って撹乱したいが、北条の動きが悪い。氏直め、あの男、腹の内が読めん。




 佐野へ壬生、鹿沼の兵二千を応援に出した。日光の抑えに白河結城勢をあてた。東北道を山県昌景が迫ってきている。じじいめ、背後を北条に攻めさせたいのだが、と思っていると北条が武蔵へ二千の兵を向かわせているという情報が入った。よし、勝てる。佐野が勝頼を抑えている。蘆名の一万が小山に着き次第、まずは山県勢を潰す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る