第112話 関東を進む

結論は出なかった。信忠が生きている事、これはある意味切り札だが時期を逃すと負の遺産になりかねない。

仮に信長が生きていたとしよう。もし、今出て行ったらどうなるか?勝家は歓喜し信雄は怯えながら領地を返す、秀吉は?どっちもありそうだ。


もう少しすると秀吉の勢力が膨れ上がり、織田は一家臣となる。そこで信長が出て行っても時遅しだろう。


では、信忠ならどうなるか。もし、今出て行ったらどうなるか?勝家は同じように歓喜し配下になると思われる。問題は信雄だ。織田を事実上継いだ後に出てこられても処置に困る、秀吉に唆されて敵対し、結局秀吉の天下になりそうだ。


じゃあいつならいいかというと難しい。未来は変わってしまっている。未来を知っている勝頼にわからない事を信勝に言ってもかわいそうである。ただ、今直ぐはないという事で一致した。


勝頼は信忠に信雄領を与えて納めるのが理想かと思っていたが、実現は難しそうだ。歴史ではこの後秀吉の配下の連中が大名になって、石田三成と対立して家康に天下を攫われる。家康の代わりが勝頼?そうはしたくない。


信忠が生きている事は秘密にした。まずは穴山だ。信勝は信忠のために織田が揉めている内に尾張を攻める事も考えていたが、今信雄を攻めると織田全軍が敵に回る可能性もある、攻める口実に信忠を使うと兄弟喧嘩で、得するのは誰だ?と言われて意見を引っ込めた。そう、まずは穴山なのだ。




勝頼一行は八王子城に入った。そこには武田の重臣が一部を除き揃っていた。


「皆の者、勝頼、ここに戻った。留守中迷惑をかけた。すまん。だがここにいる皆は余が不在中も武田家に尽くしてくれた。心から礼を言わせてもらう。ありがとう」


重臣一同、その言葉を聞いて涙組んだ。大殿が生きていたのは本当だった。そして有難きお言葉。尽くし甲斐のあるお方だ。


「信廉殿はどうされた」


と、山県昌景に聞いた。


「信廉殿は大殿不在中、ご親戚衆としてなんとか武田をまとめようと動いておられましたが結果が伴わず、最近お疲れのご様子。床から出られず古府中におられます」


そうか、信玄の弟だから歳もそこそこいってるしな。悪い事しちゃったな。


「うむ。この仕置を終わらせる事が一番の良薬であろう。信豊、穴山攻めの作戦は?」


「上野方面から内藤殿、跡部殿が。武蔵から東北道を進み小山城へ山県殿、原殿、それがし。越中抑えに真田殿率いる信濃勢、西の抑えは今まで通り馬場殿、北条の抑えに武蔵勢を。上杉、佐竹、結城、里見にも牽制を依頼しております。そしてお屋形様本体は館林から佐野を通り、穴山の本拠地小山城へ進むのがよろしいかと」


「信勝。どう思う」


「穴山の動きは掴んでおるのか?」


「籠城の準備をしております。また、蘆名、伊達に援軍の要請をしているようです。それと秀吉の名を使い、上杉、佐竹、結城、里見にも味方するよう投げかけています」


どこからの情報かと聞くと、木村悟郎からと信豊が答えた。悟郎め、機転がきくな。信勝が、誰、それ?みたいな顔をしていたので後で教えてやろう。


「簡単にはいかぬな。小山城は見た事がない。どんな城か?」


「元々は北条の城でしたが、穴山が大殿の命で昨年下野勢を使って改築したもので、駿府城を参考に工夫がされていると言われております。完成後は武田家の者は誰も入った事がありません。大殿のご指示で城の改築時に間者を工事人として紛れ込ませておりましたので図面はあります」


「…………、そうか」


信勝は勝頼を見た。そんな事までしてたの?ホント抜け目ないなこの人は。だがいつかは追い抜かねばならぬ。


「信豊の策で行く。周囲の城を抑え補給を断つ。他の大名の動きを見極める。誰が味方かわからんぞ。全てを疑ってかかる」


勝頼は信勝を見ながら昌景に聞いた。


「昌景、武蔵勢はどうだ?」


「北条の呪縛から逃れ、武田の治世に満足している様子。問題はないかと」


「北条の動きは?」


「大人しくしていますが、ここのところ静かすぎます。警戒は必要かと」


静かねえ。どさくさに紛れますか。


上野勢には日光から宇都宮へ向かうよう指示し、勝頼・信勝本体は計画通り佐野へ向かった。






勝頼は移動中に本多忠勝を呼んだ。


「忠勝。佐野へ向かうが、わかってるな」


「決着をつけまする」


そう、前回佐野へ寄った時に忠勝は山上道及と試合で引き分けた。今度は戦だ。敗北は死だ。勝ってもらわないと困るけど大丈夫だよね?


八王子から忍城を経由して佐野へ向かう途中、護衛としてついてきた桃が悟郎を見つけた。


「大殿。そこの田んぼに棟梁がいます」


悟郎は百姓に化けていた。


「おい、何やってんだ?」


「え、大殿。よく気づかれましたな。バレないと思ったのですが」


「桃が見つけた。腕が鈍ったのではないか?」


「桃が。それは真で?」


木村悟郎。伊那忍びの棟梁で、今は関東方面に滞在し情報を集めている。武田諜報網の長は茜だが、同格として扱われている。まさか桃に見つかるとは、トホホ。


「一応父親だしね」


え、そうだったっけ?手を出さなくてよかった。じゃあ戦国飛行隊のほかの3人は?

紅と黄与、紫乃は幼馴染だそうだ。


「で、どうしたのだ?」


「後でお伺いしようと思っておりました。伊達、蘆名が出陣しました。伊達は佐竹に仕掛け、蘆名は穴山に援軍を出しています。また、北条にも動きがありました。武蔵へ出る準備をしているようです」


「茜に繋げられるか?どさくさに紛れてちょっとやるぞ。夜になったら桃と忍んでこい、そこで話す」




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