第101話 信長の死体

 光秀は軍を分けた。本能寺、妙覚寺と二条館である。本能寺へは明智左馬介麾下四千、妙覚寺へ四千、二条館へ四千。その他、京からの出口にあたる要衝に兵を三十人づつあて、誰一人逃がさない布陣を組んだ。


 6月2日の朝3時、光秀は本能寺を兵で取り囲んだ。何があっても信長をこの場で仕留めねばならない。万が一でも逃すわけにはいかない。この戦は天意だ、天の意思だ。


「攻めかかる。進め!」


 光秀の掛け声と共に兵が進み始めた。


 信長はその夜何故か寝付けなかった。急に虫の声が止んだ。どうした?と思い起き上がると何やら音がする。

 反乱?いや、あるまい。森蘭丸を呼んだが返事がない、広廂ヒロビサシ に出て見ると外が松明のような物で明るくなっている。その時、馬の蹄の音がしだした。


「夜討ちか!阿蘭、どこだ」


 少ししてから森蘭丸が槍を持って現れた。


「ここに。物音がしましたので物見に出ておりました。既に寺は囲まれておりまする。旗印は、……」


「旗印は?」


「桔梗の紋にござりました」


「何、日向めが、……………………………」


 信長はここのところの光秀とのやり取りを思い出した。そして一言呟いた。


「そうか」


 そして明智軍の一斉射撃の銃声が本能寺を駆け巡り、兵が一気におしよせた。

 信長は弓を持ち、侵入してくる兵に矢を放ち敵兵をとにかく打ちまくった。矢がなくなり、槍を取ったが敵兵が多すぎた。その時、寺の屋根が爆発音と共に吹き飛んだ。


「何だ?」


 とほぼ同時に火矢が寺に多数刺さり、寺が燃え始めた。寺の外で采配を奮っている光秀が見えた。目と目があった。光秀め、おびえておるわ、そんなに余が怖いか。


「いたぞ!信長だ。首を取れ!必ず首を取るのだ。首を持ってこい」


 光秀の叫び声が聞こえた。そうか、そんなにこの首が欲しいのか。

 その時、敵武者が大太刀を持ち斬りかかってきた。信長は、その前に矢を射られていてそっちに気をとられていたので肩口から斬り裂かれた。そこに森蘭丸が割り込み、敵武者に応対しつつ、


「上様、お逃げください。ここは私が」


「日向の事よ、逃げ道は塞がっておるわ。これまでだな、無念は日向と最後に斬り合えなかった事よ」


「お供仕ります」


「要らぬわ、地獄へは一人でも行ける」


 信長は激痛に耐えながら、光秀が手を回しているなら逃げるのは無理と諦め死に場所を求めて寺の中へ入っていった。


 どこで間違えた?信頼していた荒木に裏切られた。次は光秀か。余のやり方を見て刃向かう怖さを知っているものが裏切っていく。


 光秀の言う通り天罰でも下ったか、ふざけるな。逆らうなら神でも斬ってやるわ。


 光秀がなあ。信長は光秀との出会いから今までの事を思い出していた。謀反とは誰かに乗せられたのであろう。あいつは真っ直ぐ過ぎる。黒幕は誰だ、まあいい。腹を切って焼け死ぬとしよう。


 その時上空から何かが降ってきた。


「よう、信長殿。久しいの」


「やはり戻って来おったか。何しに来た?」


「ギリギリ間に合ったようだ。逃げるのなら手伝うぞ」


「…………、いや、この肩の傷では助かるまい。それに余のやり方には無理があったようだ。このまま生き延びても次の光秀が現れるであろう。ここで死ぬとしよう。そうだ、一つ頼みがある」


「何だ?お主の代わりに信忠殿を助けるか。妙覚寺も囲まれておる」


「ほう、できるか?だがそうではない。余の死体を隠せ、そして生きているという噂を流してくれ。光秀に首を渡すのはなんとなく癪なのでな」


「そうか、なら早く腹を切れ。死んだら運んでやる」


「頼んだぞ、勝頼」


 信長は自ら腹を切った。第六天魔王とも言われた男の最後であった。この歴史は変わらない。


 勝頼は信長の死体を抱え、身体に巻かれている縄を引っ張った。勝頼は上空に引き揚げられた。




 光秀はなんとしても信長の御首級が欲しかった。天下人を討つだけでは覇権は握れない。信長の御首級を晒し、世に覇権の交替を知らしめる。それと、御首級を見ない事には安心ができない。相手はあの信長だ。


「信長は手の者が斬ったそうでございます。ただ、奥殿は火に包まれ近付けませぬ。御首級は手に入っておりませぬ」


「何としても手に入れるのだ。妙覚寺はどうなった?」


「妙覚寺も炎上し、中将殿は手の者と二条館へ逃げ込もうとしています」


 吉報ではあったが、肝心の御首級がない。火が消えるのを待つしかなかった。光秀は本能寺へは一部の兵を残して、他の兵を二条館へ向かわせた。








 勝頼を上空へ引き揚げたのはお幸と高城である。そう、勝頼がこの時代に戻り直ぐに作成した熱気球に乗っている。以前から実験はしていたのだが、うまくいかなかった。問題点は現代に戻ったので解決できた。図書館とブーブルは神です。これこそ不幸中の幸いである。


 熱気球といってもハンググライダー 甲斐紫電で培った、プロペラも装備しており行き先は風まかせではない。




「信長の死体だ。後で埋めてやろう。明日になれば光秀が死体が無くなったと焦るだろう。信長は逃げおおせたと噂を流せ。信忠はどうだ?」




「望遠鏡『見えるんです』で見てますが、二条館へ向かってます。信忠の兵は三百、光秀が四千ですが、既に光秀軍が待ち構えており館へ入るのは難しいかと」




 高さんが答えた。高さんとお幸は真田信尹に付いて九州へ行っていたが勝頼が呼び戻した。上からの監視は便利だ。俯瞰して見るというが、その通りだと思う。




「もう一人乗れるか、信忠を助けて安土城へ送りたいのだが」




「乗れそうです。無理なら私が降ります。あっちも道案内いるでしょうし」




 お幸がいうあっちとは堺にいる信勝達の事だ。


 熱気球は二条館へ向かった。上から見ると信忠軍が二条館の明智軍と衝突していた。数で圧倒的な差があり、信忠軍は逃げ出した。その信忠軍を明智軍が囲むように包囲していく。妙覚寺の兵、後から来た本能寺からの応援も加わり信忠軍は逃げ場を失った。




「これまでか。日向守が謀反とは。父上はご無事か?」




「呑気な事を。本能寺が無事なわけはあるまい」




 上空から勝頼が声を掛けた。




「上から声が、お!勝頼殿か。生きておられたか」




 勝頼が空中に浮いていた。いや、何かに吊り下げられている?




「助けられるのは一人だけだ。定員を超えてしまうのでな。余はお松の泣き顔が苦手なのだよ、逃げるぞ我が義弟、信忠殿」


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