第89話 ただでは転ばない北条氏邦

 勝頼はのんびり旅をしていた。景勝への援軍は信豊に任せてある。こちらの部隊は周囲から邪魔が入らないように抑えの役割なので、関東諸侯の所を順番に訪れるつもりだった。


 小田原も特に動きがない。佐竹と結城に任せて宇都宮のところへでも行こうかと進んでいたら、そこに東北を調べていた木村悟郎が現れた。


「お屋形様。お久しぶりでございます」


「役目ご苦労である。そうだ、楓がな」


「人はいつか死ぬものです。楓はお屋形様にお仕えできて本望だったでしょう。あいつらはどうしてます?」


 あいつらとは元戦国飛行少女隊の事だ。


「相変わらずだが、綺麗になったぞ。桃は楓の代わりに良くやっている。で、あずみの事は聞かないのか?」


 駿府武田商店の店長、あずみは悟郎の妻である。


「生きていればそれでいいのです。向こうもそう思っているでしょう。ところで、」


 悟郎は伊達、蘆名の動きを報告してきた。蘆名は景虎につき、越後へ入ろうとしたが伊達に背後を脅かされ動けなくなったようだ。


「ですが、新たな動きが出ております。非常にややこしいのですが」


 蘆名盛氏は側室がいない。その為、子に不自由しており、伊達輝宗の次男、伊達小次郎を養子にもらいたいと要求した。伊達家では、側室が産んだ嫡男の政宗がいるが正室の義姫が自分が産んだ小次郎に跡目を継がせたいと暗躍している。輝宗は、それなら小次郎に蘆名を継がせて全部伊達にしてやろうと目論み、裏から蘆名を支援する方に変わった。


 ところが、佐竹義重も蘆名に養子を出して自国を有利にしようと目論んでおり、蘆名に申し出ていた。蘆名は佐竹と結んでいる勝頼が景勝側についたので、佐竹の要請を無視して伊達家に養子の話をした。


「その佐竹が養子に出そうとしていたのが、今回人質で出てきた義弘様」


「まだ三歳ではないか。佐竹と伊達、蘆名は親戚同士だろ、まあ戦国の世だからな」


 一瞬、悟郎の目がお前が言うな、っていってた気がした。そういえば今川、北条と武田も似たようなもんだ。でも、これからは大事にしたいね、人の縁。


 そういえば兼続君、伊達を口説きに仙台まで行ったのかな?残念。報われない努力、乙です。


「つまり、蘆名と伊達が組んで景虎の支援で越後へ出てくるということか。で、佐竹は蘆名に出そうとしていた子を武田に出してきたと」


「佐竹は前回の北条の戦で秀吉に武田と北条の潰し合いに手を出すのではなく、消耗させたほうが得と唆されていた様子。今回お屋形様自らの関東ご出馬に際し、身の潔白を見せたかったと思われます。推測ですが、お屋形様が結城家と縁戚になられる事を聞き焦ったのではないかと」


 まあそんなものだろう。戦わずして佐竹、結城が取り込めたのだから良しとする。蘆名と伊達が組んで景虎支援かあ。


「春日山はどうなっている」


「春日山城での攻防は終わり、景虎が御館に入り硬直状態の模様。春日山城を早々と占拠した景勝様に利はありますが、上杉の兵は景虎の方が多いようです」


 外部支援が勝敗を決めそうだな。前世の歴史と違うのは北条の勢力、このままで勝てそうな気がする。






 その頃、北条氏邦は旧鉢形城、厩橋城周辺の国衆を集め沼田城を占拠していた。元は北条の領地、一声かけてと言うほど簡単ではなかったがお味方すると集まった兵、七千にもなる。越後へ向かうべく全軍で三国峠を越えた。


 ここから春日山へはまだ遠い。魚沼方面に行く事も考えたが途中で景勝支援の連中と戦って消耗するのは馬鹿馬鹿しい、一気に春日山城へ進みたかった。さらに山道を進み平地に出た。


 あと少しで御館という時、突然敵が現れた。敵はすでに変形の魚鱗の陣を組んでいる。いわゆる正方形型だ。北条氏邦は、風林火山の旗を見て死ぬのはここだな、最後に武田とは俺は恵まれているぞ!と奮起し配下に指示をだした。




 武田信豊は勝頼から直接ではなく間接支援と命じられていた。このまま御館に突っ込めば勝てるのになあと思っていたが、お屋形様には考えがあるのだろうと自重した。物見の報告で北条軍が山を越えてきている事がわかった。


「どっから湧いたの北条軍?え、氏邦。やるなあ」


 信豊の軍には跡部勝資、内藤昌豊がいた。相談して待ち構える事にした。山から北条軍が降りてきてこちらに気づき慌てて戦闘準備を始めたのを見て全軍で前進を開始した。先陣には上野、信濃勢が当たり、突っ込んでいった。


 まずは武田軍が先手を取った。山から降りてきたばかりの兵を討ち取ったが、山の途中から木の隙間を抜け鉄砲、弓矢が飛んできた。北条軍が盛り返し、武田の先陣が引いて竹襖の防御隊が前に出た。


 氏邦は一度冷静になった。勝頼はいないようだ。こいつらと戦うのが目的ではない、景虎に勝たせ北条上杉を一つにし再び栄華を築かねばならない。死ぬのは此処ではない、と思い直した。


「敵は変形の魚鱗の陣、中央に厚い陣形だがそれでも一番弱いのは中央だな。山を駆け下り、一気に中央を突破する。御館まで駆け抜けるぞ」


 氏邦は諸侯に気合を入れ、鉄砲隊の援護射撃と共に10列縦隊で山を駆け下りた。援護隊は鉄砲と弓矢を交互に撃ち徹底的に援護に集中し、他の兵は一点中央突破のみにかけた。武田陣の中央に正面から突っ込んだ。魚鱗の陣の側面の兵が回り込もうとするところを銃と矢で妨害する。


 北条軍は著しく消耗しつつも武田軍の中央を駆け抜けて信豊の本陣に迫った。そこに氏邦が武田軍の前衛を突破して叫んだ。


「敵は武田ではない、本陣は無視して御館へ向かえー!」


 北条軍は武田本陣も駆け抜けて御館へ向かおうとしたが、黙っている武田軍ではない。当然混戦となった。


 本陣危うしと側面の兵も本陣へ反転し北条軍の背後をついた。北条軍は戦いつつも駆け抜けた。


 そこに氏邦の姿があった。駆け抜けようとした氏邦の前に信豊が立ち塞がろうとしたが、護衛の兵に止められた。氏邦の周りにも多数の北条兵がいて近づけない。


「氏邦ー!見事だ」


 氏邦は信豊の方をチラ見し、駆け抜けていった。信豊は追撃せず、残った北条兵を根絶やしにした。


 御館についた北条軍は千名まで減っていた。山の護衛隊は弾を撃ち尽くすと逃げていった。武田の損害は死傷者千名、北条軍は五千を超えていた。


「いやあ、参った。お屋形様に怒られるぞ、これ。さて、どうするか」


 信豊は次の指示を貰うため勝頼に伝令を出した。

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