第88話 武蔵へ

 そうか。そういえば謙信が死ぬのって今頃だったな。結構歴史を変えてる気がするが、変わらない所の方が多い。勝頼は真田昌幸と茜を呼んだ。


「上杉の戦、どう思う」


 昌幸が答えた。


「武田が味方する方が勝ちましょう。ただ、北条との戦で手に入れた領地の国衆の中にも景虎殿を推す者もいる様子。詳しくは茜殿からお願いします」


「関東の国衆が最初は景虎につきましたが、お屋形様が景勝様についたので鞍替えする国衆も出てきました。どうも北条と結んでいると思われているようで、お屋形様は景虎につくと思っていた者もいたようです。元々、関東の国衆は上杉についたり北条についたりして生き延びてきた面々。有利な方につきましょう。北条が一国になっても今までの関係もあり、氏邦殿が絶好の機会と見て精力的に動き回っております。北条との戦は終わったばかり。武蔵や上野の国衆の中にも武田に従っているふりをしている者もいるようです」


「お屋形様。これはある意味関東を本当の意味で制圧する機会ではないでしょうか?」


 北条との戦では結局佐竹は動かなかった。新領地の国衆もまだ武田の家臣になりきってはいない。見極めるべきだな。勝頼は自ら出陣する事を決めた。






 その頃、織田信長は完成した安土城で謙信の死を知った。


「信玄に謙信、勝手に死んでいった。天運我にあり」


 上杉に家督争いが起きている事を聞き、越中攻め、播磨で苦戦している秀吉の応援にと兵を出した。越中は上杉の支援がなく簡単に落ちた。加賀の五箇山も占拠し、塩硝製法も手に入れた。ただ、塩硝は作るのが難しく五箇山で作らせたものを納めさせることにした。


 秀吉の応援に出向いたのは荒木村重である。二万の兵を連れて毛利に苦戦している秀吉に合流した。


 この頃、織田信長が信頼する大将は六人。柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀、羽柴秀吉、そして荒木村重である。柴田、丹羽は譜代だが、後の4人は何処の馬の骨とも知れないような出自のはっきりしない者達。いかに信長が実力主義であったかがわかる。


 その後信忠の兵も合流し、総勢八万の軍で神吉城を攻め落とし志方城をも落とした。志方城は黒田官兵衛の妻の実家であり、官兵衛は助命を信長に申し出ていた。信長は官兵衛を気に入っていたので助命を受け入れ、神吉城、志方城は秀吉に与えられた。織田の軍勢は引き上げたが、秀吉は播磨に残された。ここから秀吉、官兵衛はさらに苦戦する事になる。






 勝頼は穴山梅雪、武田信廉、五郎盛信、真田信綱、昌幸に信濃の国衆を合わせ総勢三万を連れて、甲斐から武蔵へ入った。兼続から手紙が来て、伊達輝宗を味方にして蘆名盛氏を牽制させているそうだ。


「武田に真田あり、上杉に兼続ありということか」


 勝頼はご機嫌だった。八王子から江戸へ向かった。最初の狙いは江戸城である。この頃の江戸城は城というよりは丘の上にある館で、長年北条と佐竹が争った所である。武田の領地のはずだがどうなっているかを見たかった、というか勝頼が江戸城に来たかったというのが本音であろう。北条が景虎を支援するのを邪魔するには武蔵を抑えればいい。武蔵の国衆の動向も見つつ江戸城へついた。


 勝頼は唖然とした。思ってたのと全然違う、家康はこれを直して江戸にしたのか。そこは荒れた台地が無数の川に侵食されたとても街ができなさそうな土地だった。天下取ったらここを大都会にしないと未来の人達に怒られるな、結構埋め立てないと。と考えつつ岩槻城、忍城、川越城へ兵を分け自身は岩槻城へ向かった。




 佐竹義重は焦っていた。勝頼が武蔵に出てきたのである。武田とは結んではいるが、北条と武田の戦には応援を出さず静観した。上杉の家督争いに興味はないが景虎が継げば北条がまたうるさくなるだろう。武田が景勝についたのなら、素直に味方をすればいいのだが言い訳が見つからない。嫡男の義宣を連れて岩槻城へ向かった。その時、同盟を結んでいる結城晴朝が俺も連れてけというので同行させた。結城家は名門だが北条と上杉に挟まれ上手く生き残ってきてはいたが、北条と上杉に組まれると後が無くなる。武田に活路を求めた。


 岩槻城は武田との戦の前は北条直轄の城であったが、今は忍城城主、成田氏長が武田の城代として治めている。忍城へは武田信廉が、川越城へは穴山梅雪が向かっている。


 勝頼は岩槻城へ入った。城代の成田氏長が出迎えた。


「お初にお目にかかります。成田氏長と申します。北条との戦の大勝利。恐悦至極にございます」


「余が勝頼だ。成田殿には期待している。引き続き忍城とこの岩槻城を任せても良いと思っている」


「ありがたきお言葉。この成田、お屋形様のお目に止まる活躍をして見せましょうぞ」


「成田殿。確か謙信公が小田原を攻めた時は上杉方だったな、で、この間までは北条、今は余についておるが、さて」


 成田は娘を連れてきていた。名を甲斐姫、まだ六歳だったがいわゆる美少女だった。要は人質として娘を献上してきた。


 勝頼はとりあえず成田を信用する事にして娘を預かった。この時は茶々の遊び相手としか思ってなかった。

 成田に此度の戦の先陣を申し付けた、とその時客人が現れた。佐竹と結城である。


「武田殿、佐竹義重でござる。こちらに控えしは結城晴朝殿。同じ常陸の大名です」


「これはこれはよう参られた。武田の勝頼にございます。結城殿は確かお子がおりませんでしたな。どうですか、養子を取る気はありませんか?」


「!!!」


 いきなりの申し出に困惑する二大名だったが、勝頼はもし今回結城が出てくれば側室に産ませた次男の勝昌を養子に出す気でいた。


「まだ四歳ですが、次男の勝昌。宜しければ養子にして頂きたく。なに、元服するまでは余も面倒を見ます上どうでござろう」


 断れる筈もない。二年後に養子縁組という事で話がまとまった。


 驚いたのは佐竹である。おまけに連れてきた結城が武田の子を養子?まさになんてこったい、である。佐竹はまず先の戦で援軍を出せなかった事を詫び、そして今回の戦に兵を二千出す事を告げた。そしてこの戦が終わったら人質として次男の義弘を出す事を約束した。

 勝頼は佐竹と結城に北条を抑えるよう頼んだ。軍艦に井伊直政をつけた。


「この者は井伊直政という。若いが賢くてな。軍監として残して行く。直政、頼んだぞ」


 そして今回佐竹義重が連れてきていた義宣を武田の戦に同行させ勉強させる事にした。


 佐竹と結城は武田に取り込まれた。それをまじかで見ていた成田も、唖然としつつ勝頼の手腕に惚れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る