第87話 御館の乱

 勝頼は信平とともに駿府へ戻った。まず徳姫を見舞った。徳姫は足の傷は完治したようだが、少し足を引きずっていた。また精神的にダメージが大きかったのか、かなりやつれてげっそりしていた。


 信平を見て、叫び、抱き、泣いていた。


「お屋形様、お帰りなさいませ。徳様は食事をほとんど取らず毎日泣いておられました。これで安心されて元に戻ると良いのですが」


「市、世話をかけた。すまぬ。夜、話がある」


 お市は何を勘違いしたのか目が輝いていた。まあ、いいかと腹の中で笑いながら自室へと戻った。と、直ぐに目通り依頼の嵐にあい、あっという間に夜になった。


「市、今回の戦。どう思う」


「北条が何で仕掛けてきたのかがわからない。風魔に騙されたのかしら。風魔って知らないけど有名なの?」


 二人っきりの時は現代人の会話になる。


「ああ。箱根を根城にする忍びで北条に仕えていて、徳川幕府の時は江戸で盗賊だったかな?ただ本当にいるとは思ってなかったよ。前世では結構嘘っぽい感じがしてたから」


「ふーん。あと話を聞く限り秀吉が黒幕ね。清洲で見た時はそんな感じはしなかったけど。私も覚醒してなかったからわからなかったのかもしれない。もう天下を見ているみたい、というか天下を取る事を知っているような動きをしている。お屋形様は歴史を知ってるから動けてるところがあると思う。秀吉は考え方は全然違うのだろうけど、何か先が見えてる気がする。確か本能寺の後、明智を倒してのし上がったんだよね」


「今のところ、家康が死んで俺が生き残って北条が弱体したけど東側なんだよ、歴史が変わったの。西は今のところ変わった様子がない。このまま本能寺が起こるのかどうか。確か本能寺まであと四年かな。それまでに明智光秀と仲良くなろうと思ってる。本能寺の真相をこの目で見たい、あ、そうすると死んじゃうか。その前に俺が寿命を超えられるのかという問題もある。本能寺は武田が滅んだから起きた説もある」


「あと四年あるなら。ゆっくり考えましょう。それより、ぼちぼち初陣を」


「初陣?」


「お屋形様が戦からお戻りになられて、最初に夜を共にする事を女の初陣と言うのです。ご存知ありませんでしたか?お屋形様には気まぐれな事かもしれませんが、初陣に誰が選ばれるか。女にとっては戦も同じ事なのです。あ、皆仲が良いので心配なさらなくてもいいですよ。気持ちの問題です」


 え、そうなの。そんな争いが見えないところで。女って怖い。そ、そうだ、順番だ。順番決めよう。そして夜はふけていった。








 春日山城では、上杉謙信が武田と北条の戦について報告を受けていた。関東の一部が武田の領地となった事は脅威だが、目先の敵は織田だ。織田と武田は結んでいるが、上杉と武田も結んでいる。武田は上杉と構える気はないと感じていた。


 織田包囲網と呼ばれる足利公方の策も中途半端だ。本願寺、ここが要だ。織田は本願寺を囲んでいる。出来る事は間接的な本願寺の支援か、と兵糧支援を支持した。




 その日の夜は冷え込んだ。尿意をおぼえ厠に立って用を足しながらふと、武田信玄を思い出した。念願の織田との戦は相手が弱く物足りなかった。あの川中島、あのような戦をまたしたいものだ。と、外を見ると視界に鎧を着た信玄の亡霊が見えた、いや見えた気がした。その時激しい頭痛が謙信を襲い、そのまま倒れた。


 脳溢血だった。そのまま寝込み、意識が戻らないまま四日後にこの世を去った。享年49歳だった。




 上杉家では、謙信が誰に家督を譲るかを明確にしていなかったため跡目争いが勃発した。謙信には子供がいない。跡目候補は養子の二人、景勝と景虎である。ここから一年にも及ぶ御館の乱と呼ばれる家督争いの戦が始まったのである。


 景虎は北条氏康の次男、氏政の弟に当たる。北条家は景虎が上杉を継げば上杉と協力して再び関東の覇者になれると考え、全面的に景虎を支援した。景虎は前関東管領の上杉憲政を味方につけ上野、下野、武蔵、常陸、そして相模の大名、国衆に働きかけ味方を増やしていった。


 景勝には直江信綱、河田長親はじめ謙信の側近が味方し、樋口兼続こと後の直江兼続もいた。


 景勝側は不利であった。打開策が必要で兼続の意見を聞くことにした。


「兼続。ここが正念場だ。策はないか」




「景虎殿は上杉憲政様、北条氏直様をお味方にし、関東の国衆を味方につけております。打開するにはこちらはさらに強い大名と結ぶのが良策と考えます」


「武田勝頼か」


「はい、それと伊達輝宗様」


 兼続は信濃、甲斐を通り駿府へ向かった。事前に赴く事を伝えていたので何事もなく駿府城へ着いた。直ぐに勝頼にお目通りを申し出た。


「久しぶりだのう。兼続殿。そうか、謙信公が亡くなられたか」


「はい。それで本日はお願いの義があって参りました」


「あいわかった。お味方しよう」


「!!!?」


「景勝殿をお助けすると申しておる。条件はあるがな」


 景勝に味方する条件は、勝頼の妹、お菊と景勝の婚姻。今後を考えると上杉は味方にしておきたい。あとは金、それと佐渡金山から出る他の鉱石だ。武田所有の金山はほぼ取り尽くしてしまった。領地が増え収入は増えた。貿易も順調だ。だが、兵が増えれば金もいる。戦にも金はかかる。あって損するものではない。


 鉱石は何が取れるかはわからなかったが、変わった物でもあればというか期待だけだ。どうせ捨てる石だしね。


「ところで兼続殿は、景虎殿をどう見ておられる」


「景虎様は、小田原様と呼ばれておりますが兄の氏政様がお嫌いな様子でした。北条が氏直様になられてからは親しくしておられるようで、今回も北条の応援、前関東管領の上杉憲政様を早々とお味方につける采配。さすが北条氏康公のお血を引くお方だと感銘しております。ですが、それがしは景勝様の家臣。身内通しの争いほど醜いものはございません。一日も早く、この争いを終わらせたく、勝頼様のご支援をお願いをしに参りました」


 兼続はやっぱり賢いな。この先が楽しみだ。


 勝頼は武田信豊、跡部勝資に二万の兵をつけ景勝の応援に向かわせた。そう、因縁の川中島を抜けて。

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