第86話 信平救出作戦

 夜になった。小田原沖の武田水軍は岸に向かって動き出した。箱根山からは茜率いる武田空撃隊、といっても今回は茜、桃、紫乃の三名、そう伊賀と伊那忍びの合同トリオが、助さん自慢のさらに強化した加速装置ブースター を装備しているハンググライダー甲斐紫電カイシデン に乗り飛び立った。目的地は勿論、小田原城である。


 穴山梅雪は小田原城から出る間に、北条の家臣として長年潜り込んでいる武田忍びから信平の捕らわれている想定場所を聞いていた。赤子の声は響くので噂になる、想定ではあるが大きく外れる事はないであろう。


 勝頼は、北条氏政があの無理な要求を飲むとは思っていない。ただ、あのタイミングで要求をする事に意味があった。


 夜の海を黒船が進む。小田原城には篝火があり光っている、いい目印だ。


 戦艦駿河に乗る武田水軍の将、伊谷康直は合図を出し小田原城へ向けて砲撃を開始した。


「全艦、砲撃を開始せよ。順番に五つ数えてから撃て」


 距離があり、本丸には届かないが海辺に近い二の丸の外側付近に砲弾が降り注いだ。五秒置きに着弾する砲弾の音に北条軍は驚き慌てふためいた。


「何の音だ」


 本丸にいる北条家臣は二の丸、海の方に気を取られた。実際、二の丸は広く本丸からは500mは離れている。とはいえ海からの攻撃に視線は海へ向いた。海の上が光り、その数秒後に音がする、と地面に着弾し砂埃が激しく舞う。兵の視線を釘付けにした。


 その隙をついて空から甲斐紫電カイシデン に乗った三人が本丸の屋根に降り立った。


「ここからが本番よ。船の攻撃が続いているうちに信平様を」


 茜の指示で桃と紫乃は城へ忍び込んだ。茜は機体の確保の為残った。ハンググライダーはこの時代、無敵に思えるがそうではない。射程距離内なら下から簡単に狙い撃ちされる。見つからない事が最良なのである。


 桃と紫乃は屋根裏を二手に分かれて進んだ。砲撃の音のおかげで赤子が起きたのか泣き声がする。まさかここまでお屋形様の作戦かと感心しつつ泣き声の上で集合し、下を見た。


 乳母らしき女が信平を抱いてあやしていた。


「可哀想だけど眠ってもらわないと」


 桃は飛び降り様に乳母の後頭部をリボルバー雪風の銃身で殴り気絶させた。と、その時信平が泣き叫んだ。


「ヤバ!そこまでは考えてなかった。直ぐに離脱しましょう」


 桃は信平を抱いて紫乃に屋根裏まで引っ張り上げてもらい、茜の元へ走った。


 本丸にいた北条兵のほとんどは海の方に気を取られていたが、ふと赤子の泣き声が移動している事に気付いた者がいた。城の中を赤子が動いている?まさかな、と思ったが勘違いではなさそうだ。


「おい、赤子の声が移動してないか?」


「まさか。何を言って、ん?」


 何人かの兵がが異常に気づき声のする方へ向かった。


「桃、泣き止ませてよ。」


「無理、信平様を傷つけるわけにもいかないし。早く逃げましょう」


 茜の元に着き、茜に信平を渡した。まず茜が飛び立った。続いて桃が飛び立った時、兵の声がした。


「何処だ、何処にいる?赤子の声がしなくなったぞ」


 城の屋根上から下を覗くと兵が信平を探しているようだった。銃を用意している兵もいた。幸い茜、桃が飛び立ったのとは逆方向を兵が見ていた。兵が歩き出し、桃の方へ向かった。夜でもう桃は見えなくなっていた。


「危なかった。さて、どうしよう。今飛べば気づかれる」


 その時、砲撃が止んだ。お、止まったぞと兵が海の方を見た。


「今ね」


 紫乃はその隙に飛び立った。




 三人は箱根湯本付近に降り立ち、待っていた昌幸の兵に護衛されながら勝頼の元へ向かった。


「待っていたぞ。おお、信平。無事であったか。茜、桃、紫乃、手柄じゃ。良くやった。下がって休め」


 上手くいった。風魔がいたら邪魔されただろうが助かった。これで風魔が小田原にいないと確信した。


「となれば、氏政、さあどうする?」


 勝頼は穴山梅雪と二宮から来ていた山県昌景を呼び、再度の交渉条件について議論した。





 北条氏政は海からの砲撃に驚きつつも、


「何だ。音だけでとどかないではないか、どうという事はない」


 と冷静を装っていた。その後、乳母が眠らされ信平が居なくなった事を聞き、城中を探させた。


 その内に兵から赤子の泣き声が走るくらいの速度で移動していた、とか空を飛んで行ったと訳の分からない報告が相次いだ。城の出口を固めさせ、城からの出入りを禁止した。


 信平は見つからなかった。翌朝、氏政は重臣を集めた。


「結局信平は見つからん。何が起きたのだ」


「武田の手の者に奪われたかと」


 松田憲秀は、兵の報告から冷静に分析し持論を述べた。

 馬鹿な、どうやって。そんな事が出来るのか。兵に裏切り者がいるのでは。重臣の口論が続いた。


 その時、武田の使者が来たと報告があった。使者は前回と同じく穴山梅雪だった。


「氏政様。前回と同じ条件で改めて和睦致したく、お答えを伺いに参りました」


「穴山殿。何をした?」


「さて、信平様の事でございますかな。昨夜お屋形様に呼ばれ陣へ行きました所、お屋形様の腕の中でお元気に笑っておられました。子供の笑顔は良いものにございます」


「何をしたと聞いたのだが」


「武田の怖さをご理解頂けましたか。天下に名高い小田原城とて内部に入ってしまえばただの城でございます」


「どうやったのだ。まあいい、どうせ話すまい。で、和睦しろと言うのか。先に仕掛けたのは武田であろう」


「水軍の事でございますな。先に仕掛けてきたのは北条水軍と聞いております。止むを得ず撃退したと。それでは氏政様。信平様を誘拐されたのはどういう事ですかな?お屋形様はお怒りで一気に北条を滅ぼすと仰せでしたが、氏康様のご遺言で同盟を結んだ北条家に対しさすがにそれではと家臣一同、お屋形様をなだめ和睦の条件をお出しした次第。お屋形様は信平様が戻られたので北条を潰すとは言わなくなりました。今こそが和を結ぶ機会だと思いますが」


 穴山を一度返し、重臣と再び軍議を始めた。信平がすでに武田の元へ帰ったとわかり、その様な事が出来るのなら城に火を放つ事も、氏政を暗殺する事も簡単だろう。揉めにもめた。


 結局氏政は北条家を守るため氏直に家督を譲り、甲斐の寺に預けられた。籠城すれば持ちこたえられるだろうが、先がない。領地も削られ相模1国のみとなった。


 北条領地だった武蔵の国衆のほとんどは武田についた。


 武田軍は引き上げた。




 そう、勝頼は北条を滅ぼす絶好の機会を逃した。織田信長は信頼していたが秀吉の動きを恐れていて、長期戦にのぞめなかった。


 信長も武田を攻めるのならこのタイミングだった。ただ、信長は身内には優しい。攻める気がなかった。


 秀吉は引っ掻き回し機会を作ったが得るものがなかった。結局武田の領地が増えただけになった。


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