第85話 小田原へ

 2週間後、鳥羽の海に黒い船が浮かんでいた。九鬼水軍はその船を引き揚げ、現在製造中の鉄甲船にこの船の要素を取り入れた。風魔の行方は知れなかった。





 羽柴秀吉は越中から岐阜城に戻り、勝手に戻った事に対し信長の叱責を受けたが竹中半兵衛の読み通り許された。


「直ぐに信貴城へ向かえ。信忠を手伝え」


 石山本願寺を包囲していた天王寺砦の松永弾正が、本願寺、毛利と通じ城へ籠もった。信長は松永弾正という男が好きだった。何とか説得するよう信忠に申し付けたが苦戦している。


 秀吉は信長に尋ねた。


「武田の援軍は来ないのですか?」


「勝頼か。北条と戦で応援は出せないと連絡があった。水軍が毛利に勝つまでは本願寺にも手が出せん。今は応援はいらんだろう」


「武田を攻める機会ではないですか?」


「うつけ者!勝頼と敵対する気はない。直ぐに向かえ!」


 信長には考えがあった。武田とは争いたくない。勝頼には市と徳が嫁いでいるのだ。争うにしても本願寺、毛利を片付けた後と思っていた。


 秀吉は当てが外れた。本願寺を包囲している間に武田を残りの軍で仕掛ければ勝てるであろう。今なら一気に三河、遠江を取れる。信長も好機は逃さないであろうと考えていたが、松永弾正の裏切りは予想外だった。


「上手くはいかないものだな。それにしても腹を切らされるかと思っておったが、半兵衛の言う通りであったな。将が足らないのか」


 竹中半兵衛は、織田信長は急に領地が広がり、かつ戦闘も終わる事がなく続いている。今は将が一人でも多く欲しい時でこの位で処罰することは無いと秀吉に進言していた。秀吉はそれに乗じて武田攻めの先陣を申し出ようと考えていたのだが。


「これも流れだな、今は逆らわず」


 そう呟いて大和の信忠の元へ向かった。







 勝頼は駿府を出て三島山中城へ入った。


「味方の動きはどうなっておる」


「山県昌景様、武田信豊様が関東の国衆を従え小田原へ向かっております。お屋形様のご指示があれば二日で攻めかかれる位置に待機しておられます」


 昌幸が答えた。穴山、小山田はすでに箱根の山を登っている。勝頼の指示で風魔の里を探していた。


「佐竹は動いたか?」


「情報は入っておりませぬ」


「茜は来ているか? 呼んでくれ」


 勝頼は昌幸、茜と作戦について議論した。佐竹は動いていない。様子見のようだ。秀吉が何やら動いている事はわかったが真意がわからない。ただ、歴史を知っている勝頼からすると、この秀吉は前世に伝わっている秀吉とはどうも違うようだ。徳川家康がいないのだから違って当然なのだがどうもすっきりしない。


 作戦を決め、箱根に入った。


 先行した穴山、小山田隊は箱根の山をしらみつぶしに探したが集落は見つけられなかった。勝頼曰く、風魔を潰しておかないと背後を突かれる、何としても潰せ、と言われていたが全く気配すら掴めなかった。






 小田原城内では本丸に重臣が集合し軍議を行なっていた。松田憲秀の報告から始まった。


「武田はすでに箱根に入りました。平塚方面からも軍が進んできております。総勢七万、関東の国衆も多く加わっております」


「たったの七万でこの小田原城を落とせると思うておるのか。勝頼はうつけだな」


 北条氏政は、上杉謙信11万の軍勢を退けた経験から余裕を持って答えた。


「この戦の始末、どうつけるおつもりか。周囲の城も落とされ、国衆も武田についている。それに武田の赤子、お屋形様のお考えをお聞かせ願いたい」


 弟であり、猛将でもある北条氏邦が問い質した。


「武田の赤子は不可抗力でここにいる。ならば、利用するしかあるまい。織田、上杉の返事はどうだ?」


「どちらからも北条のはじめた戦。勝手になされよと」


「何だと、風魔を呼べ!」


「それが、姿が見えませぬ」


 どういう事だ。小太郎め、何を考えている? とその時、松田憲秀が続けて報告した。


「武田から奪った船が消えました」



 軍議は揉めに揉めた。和議すべき派と、籠城派、打って出る派が別れそれぞれ持論をぶつけた。ここにきて氏政は思惑が大きく外れた現実に目を向けた。風魔か、織田か、何かに動かされた。きっかけは北条水軍が沈められた事だった。それも織田の罠なのか?だが何故?


 北条水軍を沈めたのは武田であろう。あの船が答えだ。小太郎は前の小太郎が武田に殺されたと言っていた。


 小太郎はあの船を使って武田を攻めに向かったか?いや、勝手にする筈はない、とすれば船を奪ったのは武田か?


 だがどうやって二ノ丸へ入ったのだ。


 その後、箱根の山からも風魔が消えた事がわかり、船は風魔が持ち去ったと断定した。つまり風魔は裏切り、何処かの大名についた事になる。


 それを踏まえて軍議が続いた。そこに勝頼からの使者がきた。穴山梅雪である。穴山は何度か小田原城へ来た事があり、氏政とも面識があったため使者として適任だった。


「氏政様。お久しぶりでございます。本日は和議の使者として参りました」


「和議だと。あの程度の軍勢で、しかも寄せ集めの関東勢でこの小田原城を落とせるとでも。だが、折角穴山殿が参ったのだ。話を聞こうではないか」


 穴山は勝頼の条件を伝えた。


 *信平の受け渡し。代わりに大道寺政繁を返す。


 *上州、武蔵、伊豆は武田が貰う。


 *北条氏政は隠居し、甲斐へ。氏直に家督を譲る事。


 *風魔小太郎の受け渡し。


 氏政は腹のなかで激怒した。穴山が帰った後、軍議が開かれた。当然納得する者は無く、和議の案は消えた。





 勝頼は穴山の報告を聞いていた。


「北条氏政はお怒りでした。頭から湯気が出そうでしたが必死に堪えておりました。しかし、あの要求を飲むとは思えませぬが」


「これも作戦よ。ここに長居しとうは無いのだ。どうもこの戦は何かに乗せられている気がする。さっさと終わらせて戻りたいのだが、籠城されてはの」


 しかし風魔は何処へ行った?前世の記憶では箱根にいる筈なのだが。いないのならそれはそれでと、勝頼は箱根の山にいる茜に連絡し、作戦にかかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る