第71話 処女航海

 勝頼は恵の部屋と名付けた駿府城の隠し部屋にいた。この部屋は、勝頼、武田忍び棟梁の茜、伊那忍びの棟梁の木村悟郎しか知らない。この部屋には無線通信機こと愛話勝アイハカツが置かれていて、諏訪の秘密工場、大崩の造船所と連絡が取れるようになっている。


「嫁が増えたのはいいが、体力がきついな。かつよりんZ飲むか」


 かつよりんZ、格さん特製の滋養強壮剤である。鶏肉、大豆、スッポン、マムシ等を混ぜ合わせた飲むと一時的にパワーアップする丸薬で、最初液体だったものを改良して持ち運びしやすくしている。


 勝頼はこれ売れないかな?と変な事を考えていた。


 今日は定期報告会ということで、茜と悟郎がやってきた。駿府城は忍びが入り込めない作りになっているが、この二人は罠を知り尽くしているので容易に侵入できる。


 この罠がどのくらい効果があるのかは、実験済みである。そう、駿府城改築の際に捕らえられた間者20名に、勝頼の部屋まで忍び込めたら解放してやると言って忍び込ませたのだが、途中で全員ご臨終となった。


 まあ、加藤清正の作った熊本城を参考にしたんだけどね。知識は貴重な財産なのです。ある意味チートなのかも。




「武田忍びの拠点を増やしたい。織田、北条、上杉やその周辺の城下町に商人として生活している者がいることは知っている。父上の諜報網は全国に広がっていたのではないか?」


「東北から九州まで歩き回り情報を集めております。お屋形様に最新の情報が届けられるよう努めております」


 茜は信玄の配下だった武田の諜報網を引き継いだ。信玄の時代と変わらぬ事を告げた。


「これからは、全国の情報が大事になる。東北や九州にも拠点を作れ。移動には船を使え」


 勝頼は織田との関係を考えていた。そう、長篠の戦いは無くなった。本当なら今頃、重臣の多くを失い、再起のため徳川とやり合ってる頃だ。

 それが無くなり、徳川もいない。織田はどんどん大きくなるだろう。背後に敵がいないのなら、西国攻めが歴史より早くなるのか?となれば、本能寺も無くなるのか?何が起きるかわからないこの戦国で何を準備する?


 対抗するには武田も大きくなる事だ。そう、今できることをやる。


「それと、各地で噂を流せ。駿府には滋養強壮剤が売っていて効果は絶大だと。男の土産物として日本中に名を広めるのだ」


「かつよりんZですか?確かに効きますが、販売するのですか?」


 悟郎は諏訪で開発に携わっていったので効用は身体で理解しているが、部下の忍びの携帯栄養薬としても使用しているので、自分達の分がなくなるのではないかと不安になっていた。


「心配するな。販売するのは薄めたやつだ。お前らの分は減らさんよ。高く売って儲ける意味もあるが、城下町を賑やかにしたい。そのためには目玉が必要だ。駿府でしか買えない物をいくつか開発して駿府名物として売りだすのだ」


 目的は他にもあった。全国の味方にしたい大名に駿府名物として土産にする。滋養強壮剤は大名にとってはいくら出してもいい位欲しいものだろう。


「九州の大友のところへ使者を出す。常陸の佐竹にもだ。船を使う。土産は塩硝とおまけにかつよりんZだ」


 塩硝は今後輸入品より安く売りつける。武田以外の国は全て海外から輸入に頼っている。火薬がなくては鉄砲は宝のもちぐされになるので塩硝は喉から手が出るほど欲しいはずだ。






 織田軍は、越前に攻め入っていた。一向一揆の完全制圧が目的で刃向かう者はとことん追い詰め殺した。武田軍からは応援として穴山梅雪を総大将に五千の軍勢が北国街道を登って行ったが出番がないまま戦は終わった。


 ただ、羽柴秀吉が穴山陣営に訪れていた。その事を勝頼は忍びの報告で聞いた。


 越前は柴田勝家に与えられた。




 その頃、遠江では居残り兵を使い武田軍の訓練が行われていた。真田信綱は高天神城を使い山城攻略訓練をしていた。攻め方と守勢方に分け、たまに交代しながら攻防両方の訓練だった。真田昌幸は三方ヶ原で平地での訓練を兵に繰り返し行い、次の出陣に備えていた。三河兵は強い、武田の騎馬隊も強いので有名であるが、それをさらに強くするための訓練だった。


 勝頼は訓練を見るという名目で外出し、諏訪原城へ寄った。諏訪神社へ寄ったが何の反応もない。女神様、と話しかけたが返事もなかった。俺が死んだのはこの辺かな?と記憶をたよりに歩いたが何も起きなかった。


 仕方なくそのまま浜松城まで移動した。


「昌幸、九州へ行ってくれぬか?どんな状況か見てきてもらいたい。そして大友宗麟に会ってこい。武田の味方になるか見極めるのだ。船で行け、20艘を護衛につける。その中に九州に移り住む間者も乗せるからそのつもりで」


「お屋形様。連れて行きたい者がいるのですが。井伊の虎松といい、なかなか切れ者の若者です」


「ほう、今日はいるのか?いるなら連れて参れ」


 井伊直政じゃん。赤備えじゃん。


 虎松はいきのいい現代でいえばヤンキーにいちゃん風の若者だった。会話の中に知性を感じた。こりゃ将来大物になる、昌幸につけておけば安心かな。浜松城には昌幸の子、源三郎と源二郎もいるし、お互いに刺激になればいい大将になるだろう。




 2週間後、清水港から大型船3隻、小型船18隻が九州に向けて出港した。武田水軍の処女航海である。


 伊谷康直の指揮のもと、間宮兄弟、高さん兄弟、お幸も乗船した。


 勝頼も行きたかったがそうもいかず、泣く泣く見送った。城に帰ると信勝と茶々が仲良く遊んでいた。


 血のつながらない兄妹かあ、なんかゲスな思いが込み上げてきて『エヘッエヘッ』とにやけていたら、お市に見られていたようで、その夜は説教だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る