第72話 光秀が来た

 真田昌幸は本多忠勝、井伊虎松と浜名湖から小舟に乗り海へでた。すぐそこに大船団が見える。


「なんじゃ、こりゃー」


 虎松は叫んだ。船は全て表面を鉄で覆われ、帆は大きく全身黒ずくめ。しかも中央の大型船の迫力はこれが船かと疑うほどの圧がある。


 3隻の大型船、その中でも巨大な1隻がある。日本初のバトルシップ、戦艦駿河と名付けられたその船体には巨大な砲門が並んでいる。


 そう、前世でアニオタの勝頼が宇宙戦艦やら機動戦艦やら数多なる要求を出してほとんどがまあ実現できなかった(あれ?)、それでも間違いなく世界一の性能を誇る戦艦である。大型スクリューを蒸気ボイラーで駆動する上に、帆船でもある。まさにこの時代での超高速戦艦なのである。


 勝頼の要求は船体を赤くして3倍速い事だったが、赤の染料の耐候性が悪くすぐに茶色になってしまい結局黒になった。赤備えができて何でできないのか、よく考えたら海は紫外線が強いから持たないんだった。いつかは赤いあいつになってやる!


 その周りの2隻の大型船、戦艦清水と焼津である。駿河よりは小さいがそれでも全長50mはある。同じく砲門を装備し帆船でもある。こちらもスクリュー装備だが、人力と電動兼用で駆動する。


 小型船18隻も全長10mはあり、砲門及び桜花散撃改の発射口を左右に装備している。


「殿、これが戦艦という物なのですか?これならばどこの水軍にも負けますまい」


 本多忠勝は驚いたように昌幸に話しかけた。


「お屋形様の発案だそうだ。諏訪湖で実験を重ね今回が初の出航になる。我らはあの一番大きい船に乗る。どうだ、虎松。嬉しいだろ?」


「は、はい」


 虎松はあまりのことに言葉にできない衝撃を受けていた。




 昌幸等は戦艦駿河に乗り込んだ。


「伊谷殿。九州まで長旅ですがよろしくお願い致します」


「真田殿。どうです、この船は。それがしは武田に仕えて本当に良かったと思っています。この船が敵だったら生きた心地はしなかったでしょう」


「間宮どのは?」


「あの兄弟は駿河と焼津に別れて乗っております。そうだ、お屋形様と話しますか?」


「乗せているのですか? 愛話勝アイハカツ を」


「どこまで電波が届くのか試すのだそうです。船長室へどうぞ」


 二人は船長室へ向かった。


「お屋形様、聞こえますか?今、真田殿を乗せたところです」


「昌幸、頼むぞ。いい知らせを待っている。あと、もしかしたらだが、毛利水軍とぶつかるかもしれん。その時は知らん顔して逃げろ。ただ相手が攻撃してきたら容赦するな」


「承知しました。行ってまいります」


 さて、どこまで聞こえるかな?さすがに九州までは届かないだろうな。勝頼は今回の出航で戦艦だけでなく通信機のテストも行なっていた。





 その頃、別部隊が清水港を出港した。大型輸送船と、戦艦富士、小型船10隻である。使者に曾根昌世をあてた。曾根は昌幸に並ぶ軍略家で、信玄お気に入りの若手であった。曾根には佐竹義重との面談、東北の視察を命じてある。


 また、この船には木村悟郎と、茜配下の間者も多く乗っていた。東北の拠点作りの要員である。


 駆逐艦富士の船長は土屋貞綱自らが務めていた。勝頼は土屋に、北条が絡んできたら遠慮なく殲滅するよう命じていた。






 突然、織田信長からの使者が駿府城へ現れた。明智十兵衛光秀である。


「明智殿、ようお越しくだされた。余が勝頼である」


「お初にお目にかかります。明智十兵衛と申します」


「明智殿のご高名は聞いております。織田家の中で秀吉殿と並び飛ぶ鳥を落とす勢いとか」


「我が殿こそが日の本を平和にできる唯一無二のお方であると信じ、突き進んでいるだけの事でございます。ところで、本日お伺い致しましたのは兼ねてからのお約束である、信忠様とお松様の婚儀について早々に行うよう仰せつかって参りました」


「それはいい。信忠殿は家督を相続されたと噂に聞いたが真か。お祝いをご用意しなければと準備しておるところだ」


「それはお耳の早いことで。まだ外には漏れていないはずなのですが」


「こういったお話は不思議と伝わるものだ。十兵衛殿、信長殿からこの城を見てくるように言われたのではないか?」


「お察しの通りでございます。城下町、ご重臣の屋敷の配置。お見事でございます。武田家には城普請の名人がいるように見受けました」


「そうか。ついでに城の中も見て行くがよい。お松を呼べ」


 小姓が呼びにいった。


「折角だからお松に案内させよう。あ、そうじゃ、徳が懐妊した。信長殿にお伝えしておいてくれ。孫ができるとな」


 光秀はお松と一緒に城の中を見てまわった。普通の城としか思えなかったが、周囲にあれほどの工夫があって城に工夫がないわけがない。ただ、見つけることはできなかった。


 お松は嬉しかった。婚約が決まってからずっと恋する乙女モードが続いている。文のやり取りも続けていた。


 やっと結婚できる喜びに笑みが自然と出てしまっていた。


「お松様、お松様の笑顔を見ているとこの十兵衛の病んだ心も救われるような気が致します。信忠様は素晴らしいお方です。よいご縁だと心底思っておりまする」


「十兵衛殿は心が病んでおられるのですか?」


「殿のご命令とはいえ、仏門にいる人を沢山殺しました。女子どもでさえも。それが信じる道を実現する近道だからです。ただ良心は痛んでおります」


「戦ゆえ仕方のない事です。早く戦のない世になるよう、信忠様をお支えしたいと思います」


 十兵衛こと光秀は信長の残虐性には困っていたが、信忠の時代になればと期待していた。お松に会ってみて、このお方なら信忠殿をいい方向に持っていってくれる気がした。



 翌月、お松は岐阜城へ嫁いだ。いずれ建築中の安土城へ移ることになる。

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