第70話 二人の嫁
「久し振りね、美濃流君」
固まった。本気で固まった。この女は何を言っている、目の前には亡き雪姫がそのまま歳を重ねたような美しいご婦人がいる。でもこの声、話し方は山内恵のものだ。何が起きたのか理解できず、しばらく呆然としていた。
お市は娘たちと傍に仕える者を別室に控えさせあえて二人きりの再会を演出した。勝頼がどういう反応をするかを見たかったのである。勝頼の顔をまじまじと見た。外見は前世と全く違ってイケメンだ。でも呆然とした間抜けな顔の雰囲気は美濃流そっくりである。
女神様の言う通りだったと安心してから、改めて姿勢を正し
「お屋形様。お市でございます。この度ご縁があり、嫁いで参りました。こぶ付きの年増でございますが末永くよろしくお願い申し上げます」
と言ってから隣室にいる娘達を呼んだ。
「大きい方が茶々、こっちが初でございます。ご挨拶を」
「茶々と申します。お世話になります」
「………」
初はまだ挨拶ができなかった。あれ、もう一人いなかったっけ?秀忠嫁になる三女、あっ、秀忠もういないからこっちもいないのか。まじか!
勝頼はまだ呆然としていた。お市にあらためて、お屋形様と声をかけられ我に返った。
「これは可愛い娘達だ。勝頼である。駿府は良いところだぞ。きっと気にいるであろう」
勝頼は信勝を呼び、娘達の相手をするよう申し付けた。信勝は茶々を見て真っ赤な顔になりながら初と手を繋いで城の案内を始めた。
「嫡男の信勝だ、8歳になる。茶々は6歳だったな。茶々にとって兄ができるのは良い事のように思える」
皆がいなくなってからお市が話し始めた。
「落ち着いたのかな?驚かせてごめん。でも良かった。見た目は変わっても雰囲気は変わってない。知ってる歴史と違う勝頼だからもっと怖いかと思ってた、兄上みたいに鬼かと」
「恵ちゃんなのか?何でこんなところに」
お市は話し始めた。つい最近まで記憶がなかった。というよりお市として生きてきた。浜松城を出て駿府に向かう間に諏訪原城へよった。そこに諏訪神社があったので娘達の幸せを祈った。その時、
「女性の声が聞こえたの」
勝頼はそこまで聞いて席を立った。後でゆっくり聞かせてくれと言って徳姫の部屋に向かった。徳姫を放っておけないというのもあったが、これ以上聞くと取り乱しそうでちょっと一息つきたかった。
部屋に入ると徳姫が平伏したいた。
「徳でございます」
「徳姫殿、長旅ご苦労であった。余が勝頼である」
「お屋形様は仇の元へ嫁ぐ女をどう思われますか?」
「哀れとでも言って欲しいのか?余はそうは思わん。これも縁じゃ、あ、そうだ。正室は徳とする。余に尽くせよ」
徳姫は驚いて、
「お屋形様。それでは叔母上に申し訳ありませぬ」
「決めた事だ。信康殿は不運であった。余は簡単には死なんぞ、まあゆるりとせよ。駿府は良いところだ。ここで余の子を産め」
勝頼は徳姫を不憫に思い正室とした。気分的には二人正室なのだが、この時代は世間が許さない。一応、城の部屋には格差はないが対外的には差をもうける必要があった。お市は話せばわかるだろうし、徳姫を手懐けるのが先決と考えたのである。
「お市とは仲が良いのか?」
「はい。駿府に来る前に一度会いに行きました。戦国の女の悲しさについて語り合いました。お屋形様は私にとっても叔母にとっても仇といえるお方。
そんなお方に嫁ぐくらいなら身を投げようかと思っておりましたが、叔母と話をして生きようと思い直しました。叔母は強いです。ご自分の幸せよりも娘の幸せを願っておられます」
「お市の仇は秀吉だ。徳の仇は余かも知れんのう。隙あらば余を討つがよい。簡単には殺されんがな」
徳姫の部屋を出て、再びお市の元へ向かった。深呼吸をして、
「お市、戻ったぞ。続きだ」
お市は話しを再開した。諏訪原城の諏訪神社で女性の声がした。その女性は女神と名乗った。
「女神だって?実は俺も今までに何回か女性の声を聞いたことがある。空耳だと思っていたが」
「女神様の名前は
「それって諏訪神社の神様だよ。諏訪大明神」
お市は話しを続けた。
「女神様が、私の前世の記憶を戻してくれたの。本当は記憶を無くしたままになってるはずだったけど、事情が変わったと言ってた。
私はね美濃流君、高校の卒業旅行の帰りに諏訪原城で命を落としたの。それでお市に転生した、記憶を無くして。その時にも女神様と話したの。女神様は言った、転生するが記憶はなくなる。でも転生先で美濃流君を助ける大事な存在になると」
「俺も33歳の時に諏訪原城で死んで、勝頼に生まれ変わった。記憶があったので武田家を大きくできた。そのために歴史を変えてしまって、本来の天下人、徳川家康はいないけど。そういえば母が、諏訪の湖衣姫が恵ちゃんにそっくりだった。恵ちゃんの子供に転生したと思っていたんだ。理由がわからずに悶々としていたよ」
「恵は諏訪家の血を引いていたんだって。ご先祖にそっくりの人がいたんだね」
それだけか?何か女神の意図を感じる。
「で、何で俺が美濃流だとわかった?見た目は全く違うのに」
「女神様が教えてくれた。勝頼殿を頼むって。何か焦ってる感じだった」
諏訪大明神が絡んでる?行ってみるか、諏訪原城へ。その後、子供達が帰ってくる夕暮れまで二人で話し込んだ。美濃流と恵ではなく、勝頼とお市として生活していくことを決めた。
今後、お市は勝頼を助けていくことになる。あ、そうそうお前側室な、とかるーく
言ったら蹴られたのは内緒である。
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