第67話 お市の行方

 秀吉が小谷城へ攻め入る準備の中、勝頼は織田の重臣と顔合わせをしていた。


「勝頼殿、余の家臣供だ。こっちから権六、長秀、左近。あと最近気に入っている十兵衛という者がおるが、京へ行っている。そのうち会うこともあるだろう」


 十兵衛?あ、明智光秀か。なんか勢揃いだな。


「柴田勝家にござる ( この若造が勝頼か。風格はあるな) 」


「丹羽長秀と申します」


「滝川一益でございます」


「こやつらは、朝倉攻めの立役者だ。長秀には若狭一国を与えるつもりだ。猿の後詰めを致せ。一兵たりとも逃すな」


 信長のせっかちな指示に慌てて城へ向かう三人だった。実は織田軍は浅井の重臣に裏切るよう度々話をしていて、すでに何人かは城を離れており、城内に残るは、


 * 本丸 浅井長政、お市ら千人


 * 京極丸 重臣ら八百人


 * 小丸 長政の父、浅井久政ら千人


 しか残っていなかった。勝頼が提案した戦略は中央にある京極丸を占領し、本丸と小丸を分断する事で攻めやすくする作戦で、秀吉はその通り京極丸に全兵二千を突入させた。


 勝頼との戦いで心が疲れていた浅井兵は秀吉軍の勢いについていけず、呆気なく京極丸は占拠された。


 秀吉は、本丸に自らが使者となり出向いた。お市の方に会うためである。


「お市様、お久しゅうございます。この羽柴秀吉。お迎えにあがりました」


「何しに来たのじゃ。そのサル顔、見とうない。お迎えだと申したが、市は長政様と一緒に逝く覚悟。兄上のところへ今更降ったところでどうなるものでもない」


「それがしが殿へ話し、お市様は何としてもお助け致します。何卒、何卒城をお捨て下さいませ」


「相変わらずしつこい。帰りなさい」


 お市は部屋を出て行ってしまった。その後、長政が現れた。


「木下殿、いや今は羽柴殿だな。使者にそなたが参るとは、信長殿の言いつけか?」


 秀吉は信長の許可を得ていたわけではない。自分に任されたと正当化しているだけである。


「長政様。織田軍は二万、直ぐにでも城は落ちましょう。降伏なされてはどうですか?」


「今更降伏したとて一族皆殺しであろう。恥をかくより潔く死ぬ覚悟。朝倉についたのは重臣共を説得できなかった余の弱さが招いた事。だが一度決めたからには貫く覚悟だ。存分に攻められるがよい」


「ご子息は許されまいが、お市様と姫様達は殿といえど身内。それがしが説得します故、お預けくださらぬか?」


「かたじけない。だがお市は共に死ぬ覚悟だ。諦めよ」


 秀吉は陣に戻り、小丸へ総攻撃をかけた。その間に、嫡男の万福丸を家臣数名と共に城外へ逃がした。小丸勢は抵抗したが秀吉軍に加え、柴田、滝川の応援部隊に攻め込まれ、浅井久政は切腹して果てた。


「お市、万福丸は逃した。逃げ切れるかはわからん。娘達を連れて逃げてくれぬか。浅井の血が途切れるのは辛い。秀吉が嫌いなら他の者を頼ればいい。そうだ、長益殿、長益殿ならなんとかしてくれるだろう」


 織田長益。信長の弟で、お市の兄にあたる。とはいっても腹違いの兄妹で同い年。幼少の頃から気心が知れている。あまり戦上手ではなく武将というよりは文化人であり、姫達を大事にしてくれるだろうと思いつきではあったが名案に思えた。


 お市は死ぬ覚悟だったが、娘達を思うと忍びなく城を出た。行き先は秀吉の陣ではなく、堂々と信長本陣へ向かっていった。






 勝頼は、勝頼本陣にいて遠目に信長の采配ぶりを見ていた。勢いがある、兵も強い。大将も揃っている。いずれ戦うことになるとすると正面からでは危ないかな?と未来の戦を想定して考え込んでいた。


 その時、本多忠勝が目通りを要求してきた。


「お屋形様。お願いがあって参りました」


「信康の事か?今は寺に預け蟄居させておる。岡崎の城は石川数正が守ってる。お主はどうなればいいと思う?」


「徳川家を滅ぼさず名を残す事を考えておりました。親戚衆の松平家、水野家の者に徳川を名乗らせる事は出来ますまいか?信康様はあれだけの事をしでかしました。切腹でも致し方ないと」


「だいぶ考えたようだな。徳川は名門、源氏の血を引くもので我が武田家も源氏だ。名は残そう。だが三河は駄目だ。信濃辺りだな、いずれ必ず」


 信康を助けるのは流石に甘すぎる。懸念は徳姫、信康の妻で信長の娘である。


「徳姫だが、信長殿に預けるしかあるまい。ところで昌幸はどうだ?」


「はっ。素晴らしきお方です、この忠勝。生まれ変わったつもりでお仕え致す所存」


「そうか、忠勝の活躍は昌幸から聞いておる。旧徳川の家臣をうまく武田の為に使っておると。おぬしの事を全面的に信用しているといっておった。これからも励め」


 信康かあ。忠勝が僧籍にとか言ってきたらどうしようかと考えてたよ。物分かり良くて助かった。






 小丸を落とした秀吉はそのまま本丸へ攻めかかった。中にはお市がいる、火を放つ事は禁じ、自ら城内に斬り込んだ。


「お市様、どこでござる?お助けに参りましたぞ」


「秀吉、ここだ」


 そこには長政が一人で腹を切る準備をしていた。


「秀吉、お市はいないぞ。余はこれから腹を切る。首を持っていけ」


「お市様はどこだ、いえ、長政」


「さあな。お前には似合わぬよ。いい女だぞ、あれは」


 と、笑いながら腹を切った。最後に一言言い残して、


「信長に伝えよ。天下を取れと」


 頭にきた秀吉はさっさと首を落とし、長政の首を抱えながらお市を探した。






 その頃、お市、娘の茶々、初は信長本陣にいた。


「兄上、娘達をお願いします。私はどうなっても構いません」


 信長はお市を見て喜んだ。鬼の信長も優しいところはある。久し振りにみた妹と姪が可愛くて仕方なかった。


「市よ、お前が死んでは娘達が可哀想だ。叔父貴に預ける」


「であれば兄上、源五兄上のところへ行かせてはいただけませぬか?娘達を戦のないところで育てたいのです」


「戦のないところなど無いわ。長益のところか、わかった。手配させる。下がってよいぞ」





 城から軍勢が戻ってきた。秀吉は長政の首を持ち勝利の報告をした。この戦功により、この土地を領地にする事をゆるされた。小谷城はつぶし、長浜に城を建てた。だが、お市が城から脱出し、長益の元へ向かった事は知らなかった。 

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