第66話 信長の帰還
その頃、駿府では逍遙軒信廉、跡部勝資、長坂釣閑、小山田信茂、真田信綱が勝頼の命で働いていた。
勝頼の指示は、駿府へ本拠地を移すにあたり、
* 駿府城の改良
* 城下町の整備
* 清水港の開発
* 安倍川土手の工事
である。仕事のある農民は使わない事。あぶれている領民、徳川、今川の浪人は賃金を払い工事に従事させる事。目に留まった者は家臣にしても良い。
「それと、それがしに各地の間者が忍び込むから捕らえよ とのご命令でございました」
と、真田信綱が皆に話した。総監督は信廉、駿府城は真田信綱、城下町は長坂、清水港は跡部、安倍川は小山田が担当することになった。
勝頼からは細かく指示されていた。
* 駿府城の改良
忍びが入り込んだら罠にはまり出られなくする。石垣は角度を海老反りのようにし、敵兵が登れない様にする。
* 城下町の整備
重臣の家を城の周りに建て、敵兵が来た時に進みにくいよう迷路の様にする。要所には高見櫓を建てる。町は大通りに店を並べ賑やかな雰囲気を出す。
* 清水港の整備
港周辺を町とし、駿府までの街道を作る。商いの大船が停められる埠頭を作る。
* 安倍川土手
勝頼が農民から聞いた話で何年か毎に安倍川が氾濫し被害が出る。甲斐の信玄堤のように川の氾濫を抑える。
さらに、真田信綱へは
「駿府城に立ち入り禁止の場所を作れ。そこには許可のある者しか入れない様に。いかにも秘密があるように見せるのだ。間者は探ろうとするだろう。そこを捕らえよ」
と特別な指示が出された。結果、探ろうとする者は立て続けに現れ20人の間者が捕らえられた。
「捕まえたはいいが、さて」
一応尋問はしたが、話すはずもない。勝頼が戻るまで殺さない事にした。
「いやー忙しい。これならば戦の方が楽なのでは」
と長坂が言えば、跡部が答えた。
「忙しいのは領地運営を第一にして、駿府の普請はあぶれている者を使えという指示のおかげだ。結構な事ではないか」
そう、この普請には各重臣の家来はほとんど使っていない。自領の運営に回している。この普請では優秀な者は取りたてると触れ回った効果で、浪人らが良く働いている。人を大事にという勝頼の指針が活きていた。
度重なる戦で浪人も増えていたし、家族を失い農業ができなくなった者もいた。
小山田は困っていた。
「お屋形様は安倍川に三年かけて良いと仰られたが、三年で終わるのかこれ?」
勝頼は小山田に安倍川の工事は難儀だ。だからこそ小山田に頼んだ、やり遂げてくれ、と話した。小山田は光栄な事だがこりゃ大変だと工事に没頭した。勝頼が戻るまでに少しは進めてないと何言われるかわからんと頑張ったが、結果この工事は五年かかるのであった。
小谷城では、出陣した兵が城へ戻った。浅井長政の重臣、赤尾清綱が出迎えたが兵の怯える顔を見て問い詰めた。
「何があったのだ。火傷をしている者もおる。他の者はどうした」
「り、龍が………」
「武田とは戦えない。あれはこの世のものではない、地獄の使者だ」
赤尾は兵の様子から只事ではないと、物見に戦場を見に行かせた。兵の話を聞いても理解できなかったのである。
物見の報告で多くの兵が丸焦げになって死んでいるとわかった。武田軍が何か新兵器を使ったのだろうと考えたがどんなものかはわからなかった。ただ敵陣に大きな龍の置物があったそうだ。
赤尾はさらに間者から、朝倉が滅びた事を聞き、浅井長政へ報告をした。
「殿、朝倉義景が織田信長に討たれました。そのままこちらへ向かってきております。また、先程武田軍へ仕掛けた兵ですが七百名が討ち死に致しました。焼死です」
「焼死だと。何があったのだ?」
「兵の話によれば龍の置物が火を吐き多くの兵が焼かれたそうです」
「馬鹿な、そんな事があるものか」
「兵はもう武田とは戦えないと怯えております」
「なら、織田へ向けよ。いや、このままでは。武田勝頼がきているのだったな。武田は朝倉と組んで織田を包囲していたはず。なぜ織田と組んでいるのだ。武田へ使者を出せ」
勝頼の元へ浅井長政の使者がきた。
「話だけは聞いてやろう。長政はなんて言っていた」
「浅井は武田軍と同盟を結んでいたはず。織田は共通の敵ではなかったのか。手を組む事は出来ないかとの思し召しでした」
「都合のいい話だな。長政殿は先が見えないお方のようだ。せめてもの情けだ。信長殿に頭を下げて降伏するのだな」
使者は城へ帰り、そのままを報告した。今更降伏だと。あの信長が許すわけはなかろう。勝頼もたいした事ないと降伏を拒んだ。とはいえ他に策もなく時間が過ぎていった。
そして10日が過ぎ、信長軍二万が戻ってきた。
「信長殿。朝倉義景を討ち取られた事、お祝いを申す」
「朝倉ごとき敵ではないわ。で、勝頼殿、浅井の動きは?」
「一度仕掛けてきましたが軽く蹴散らしました。その後は怯えて出てきません」
信長は沙沙貴綱紀に勝頼を見張らせ報告を受けていたので、火を噴く龍の事を知っていたが、勝頼陣にはそのような物はなかった。
「猿、勝頼殿の龍は何処へ行った?」
秀吉はその一言で信長が全て知っていると判断し、
「はっ、どうやら小さく分解できるようで。真に不思議な武器でござった」
ほーら、やっぱり見てたんじゃん。あの後秀吉はしつこく聞いてきた。何も教えなかったが、何故か納得していた。何を知りたかったのだろう?
「勝頼殿。小谷城をどう攻める?」
「山城故に一気にとは行きませんな。先ずは京極丸を取り、浅井親子の分断からですか。そう、浅井の使者に降伏を進めましたが受けるかどうか」
そこで秀吉が口を出した。
「殿。ここはこの秀吉にお任せくだされ。お市様をお助けしたいのです」
「市だと。あやつは死んだ。もう余の妹ではない」
「秀吉は越前へは行っておりません。余力があります。ぜひ、それがしに京極丸占拠をご命じくだされ」
秀吉は許可を得た。勝頼は当初の予定通り高みの見物をすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます