第64話 三者『勝頼、信長、秀吉』の思惑

「何だよ、これ。絶対秀吉だよあの野郎。何でこうなった」


「お屋形様。独り言が大きいですよ」


 勝頼は岡崎から豊橋に戻る途中だった。横には真田昌幸が騎馬で並んでいた。

勝頼は信康はどうなろうと知った事ではないが、折角なので織田との間のクッションとして利用する事を考えていた。直接織田と絡むより、間に徳川を挟んだ方が都合がいいと思っていたのだが。


「どういうつもりだ。昌幸、何の得があると思う?」


「秀吉という人を初めて見ましたが、切れ者だと思います。信長に従っているように見えて実は何かを狙っているような感じを受けました」


 さーーすが昌幸君。やっぱり凄いね。


「綱ちゃん、沙沙貴が申していたのだ。秀吉には気をつけろ、とな。天性の人たらしだそうだ。下手にでて仲のいい振りをして周りを蹴落としのし上がるのに命がけだと。昌幸も気をつけろ、近づいてくるやもしれん」


「それがしにですか。で、今回の件ですが秀吉にとっても予想外だったのではないでしょうか?何か企んではいたのでしょうが思い通りにいったようには見えませんでした。恐らく信康の暴走を抑えたかった。なのに信康がその意図を組めなかったというところではないでしょうか?」


「うーむ。勢いで西三河を寄越せと言ってしまった。小谷城を落とすぞ。で、さっさと引き上げる」


 しかし、あの秀吉。のちの天下人か。家康亡き今、どう変わる?

勝頼は今後の事を考えつつ岡崎へ戻った。





 信長はまだ岡崎城にいた。思惑通りに行かなかった。何故だ?猿が余計なことを言い出したからか?いや、信康があれでは近いうち同じようになっただろう。


 なら早く進んだと考えるか。


 信長の第一目的は勝頼をよく見ることだ。次の目的は同盟の可否、当面は手を組む予定だったがその確認だ。その次は徳川の在り方、武田に味方する事はないだろうが信康が今後の脅威になるか様子を見る事だった。


 第一、第二の目的は達成はしたが、結果は散々だ。勝頼は予想以上に脅威だ。同盟も信長が優位に立てたわけではない。さらに第三の目的の信康は蟄居する事になってしまった。


「猿、この不始末。どう責任を取る?」


「はっ、信康の暴走が予想できず申し訳ありません。まずは浅井朝倉ですが、陣で武田の家臣に近づき情報を得て参ります。勝頼は若く、重臣の中には面白くないものもいるはず。同盟を結んでいる事を利用し、織田に引き込みいずれ起きる武田との決戦に備えます」





 秀吉は困惑していた。信康の暴走を抑えるつもりが逆にトドメを刺してしまった。秀吉は自分を正当化する天才である。悪いのは信康で自分ではない。どんな結果になろうと自分は正しいのである。


 信康が勝手に暴走したのだ。俺はお膳立てをしたのに、こうなったのは信康が悪い、ただそれだけだ。


 そんな秀吉でも勝頼の存在は不気味だった。信長についていけば成功出来ると信じて進んできたが、どうも風向きが変わってきたのかも知れん。


 まあ、まずは浅井攻めだ。あの城にはお市様がいる。なんとしてもお市を手に入れたい。


「殿、それがしは直ぐに戻り戦支度にかかります。今度こそ浅井朝倉を討ち滅ぼしますぞ」




 勝頼は五千の軍勢を指揮し小谷城を見上げていた。織田の軍勢は明日には到着すると連絡があった。偵察隊の報告では浅井は城にこもり、朝倉は越前を出たそうだ。


 勝頼はこの戦は織田の戦いぶりをその目で見る事を目的としていた。積極的に戦をする気は無かった。


 翌日、織田軍が到着した。いきなり山を登り小谷城を攻め始めた。勝頼は本陣へ挨拶に行った。


「信長殿、到着し直ぐに攻めかかるとは疾きこと風の如くですな」


「勝頼殿、織田軍はこの後到着する朝倉軍に突っ込む。猿を置いて行く故、小谷城の抑えをお願いする」


「承知した。存分に攻められよ」


 その後小谷城の後ろの山に到着した朝倉軍に織田軍は正面から突っ込んでいった。朝倉軍は動揺し後退しはじめたがそこを一気に蹂躙され、そのまま越前まで退却した。信長はそれを追いかけ、朝倉義景は逃げ回った。


 結局朝倉義景は、身内に裏切られて首を斬られた。信長は裏切りが嫌いである。その身内を手討ちにした。ここに朝倉家はあっけなく滅んだ。





 小谷城を見張っているのは武田軍五千と秀吉軍二千である。朝倉を追いかける織田軍の背後が突かれないよう抑えの役目であった。


 秀吉はヒョコヒョコ武田陣に現れては、穴山、信豊、馬場、昌幸とそれぞれ話しては消え、また話しては離れていった。


「梅雪、秀吉は何しに来たのだ?」


「羽柴殿ですか。陽気な御仁ですな。何、世間話ですよ」


 信豊に聞いた。


「お屋形様の悪口を言ってました。誰と誰が仲が良いかなど探りを入れているようです」


 馬場美濃守は


「不思議なお方だ。人につけ込むのが上手い。こちらが乗せられてしまう」


 昌幸は


「真田家の軍略を褒められました。それがしを配下に欲しいと」


「皆に申す。あの男は口が上手い。だがそれには裏がある。そこをわきまえておくように。あれは敵と思え」


 秀吉め、本当に抜かりない。






 秀吉軍が山側に移動した。その隙を見て、浅井軍が勝頼の正面に現れた。


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