第63話 想定外の展開

 穴山梅雪は秀吉の申し出に驚いた。何の利があるのか?目的は?


「お屋形様。これは、」


「梅雪。わかっておる。羽柴殿、ここは岡崎の城である。試合とはいえ信康殿が負けるわけにはいかないであろう。だが、余がわざと負けて納得する信康殿でもあるまい。どちらにも利がないと思うのだが」


「おっしゃる通りでございます。ただ、信康様は若い。若い故に頭ではわかっていても心が理解できないのです。信康様は直接武田軍とは戦っておりません。負けたという事が理解できていないのです。勝頼様は信康様を生かした。何故でございますか?」


「猿、控えよ。何を企んでおる?」


「信康様を立派な大将にしたいのです。それには勝頼様に鍛えていただくのが良いかと。今の信康様は悶々としておられる。負けて大きくなっていただきたいのです」


「秀吉殿。この信康が負けるのが当たり前のように聞こえるが。馬鹿にするでない」


 実はこの流れは信康と秀吉の計画である。信康に勝頼暗殺を諦めさせる為に秀吉が持ちかけた。ようは信康が勝頼と勝負ができればいいのである。勝頼は強いと聞いているし、どうせ勝てまい。こてんぱんにやられれば諦めもつくだろう。それに勝頼がどの位強いのか見てみたかった。


 信康は機会があれば勝頼を殺す事を諦めていなかった。試合といっても木刀、事故はありえる。




 勝頼は信康はどうでもよかった。遠江、三河を武田の物にするのには徳川に従っていた衆をできる限り敵にしたくなかっただけで、信康を利用していただけである。国力を上げる為には戦だけではなく、策略が重要である事を歴史オタは知っていた。


 前世では武田と通じたといって切腹させられた信康、それにいつまでもこの同盟が続く訳でもないだろう。


「羽柴殿。別の機会にせぬか。ここでは信康殿も配下の手前.......」


「勝頼殿。余も見てみたいのう、お主たちの勝負を」


 信長が会話に割り込んできた。


「勝頼殿は刀を素手で掴むそうだが、真か?」


「信長殿。お戯れを」


 勝頼は躱そうとしたが、次の一言で逃げられなくなってしまった。


「箕輪城では見事だったそうだな。是非に見せていただきたいものだ」


 え、見られてたの?沙沙貴だな、あの野郎。


「沙沙貴ですか?参りましたな。では、こうしましょう。木刀では怪我をさせてしまうかもしれません。武田家では竹刀というもので訓練をしております。竹刀であれば大怪我はしません。1本勝負でどうかな、信康殿」


 信康は驚いた。刀を素手で掴む?何を言っているのかわからなかったが、二人のやり取りから嘘とも思えなかった。何にせよ勝負出来るのならと承諾した。


「勝頼殿、勝負じゃ」




 昌幸に竹刀を用意させ、二人は庭で向き合った。秀吉の掛け声で試合が始まった。


「始め!」


 信康は竹刀を上段に構えて勝頼に斬りかかった。勝頼は竹刀を合わせず軽快に躱す。すれ違い様、足を引っ掛けた。信康は顔面から地面に突っ込んだ。


「どうした、信康殿。戦場でその様では亡き父上に顔向けができんぞ」


 信康は再び向かってきた。一応剣の心得はあるようだが、幼き頃から剣術、槍術、体術を学んできた勝頼と比べると何もかもが稚拙だった。


 何度か転倒させたが、竹刀で打ち込む事はしなかった。


 信長は驚いていた。信康は若いとはいえそれなりに鍛えていたのを知っている。それが全く歯が立たない。沙沙貴綱紀から聞いていたとはいえ、目で見る勝頼はあまりにも強かった。


「勝頼殿、そろそろいいだろう。見せてくれぬか、本当の強さを」


 勝頼が信長の方を向いたその時、信康が部下から刀を受け取り真剣に持ち替えた。信康が勝ったと思った瞬間、本多忠勝の投げた石が手にあたり、刀を落とした。その瞬間、勝頼の竹刀が胴を払った。


 信康は庭へ倒れた。




「勝頼殿、お見事だった。で、信康をどうする?」


「流石に許すわけには参りません。大将が配下の前で卑怯な真似をする。これでは部下に愛想をつかされても致し方あるまいと」


 と言って忠勝を見た。忠勝はお命ばかりは、と目で訴えていた。


「信康は腹を切れ。岡崎城は石川数正へ預ける」


 信長は自分の城のように命令した。勝頼は不満だった。これではただの勝負損である。


「信長殿。勝ったのは余である。そなたではない」


 信長は勝頼を下に見ていたが過ちに気付いた。そう、今は対等な関係であると。


「そうであったな。すまぬ、だが徳川は余の家臣のようなもの。どう扱おうと自由だ」


「では、家臣の失態をどう詫びる?」


 秀吉は自分の作戦が失敗に終わり、さらに信長と勝頼のバチバチ感を見て、これはマズイと思い、


「いやー、勝頼様はお強い。竹刀がかすりもしない。織田軍と武田軍が結べば天下無敵、いやーめでたいめでたい」


 と、場の流れを変えようとした。


「猿、黙れ!貴様が仕組んだのであろう、勝頼殿にどう詫びるのだ」


「それは濡れ衣でございます。秀吉は何も仕組んでなどおりませぬ」


 勝頼は秀吉の機転のお陰で頭が冷えた。想定外の流れに困ったが、忠勝の顔だけは立てようと、


「信長殿。信康殿は蟄居させ余が預かる。これから小谷城を攻め落とす為に応援に行くが、勝てたら西三河をくれぬか。そうそう、土産を持参しておる。信濃産の塩硝と馬、それに銃だ」


 銃?実際に撃ってみた。火縄がいらない、これは一体?


「どこで手に入れたのだ、この銃は?」


「それは言えない。だがこの銃は火を使わずに撃つ事ができる。信長殿の護身用にと思い持参した」


 そう、信長にあげたのは武田1号である。勝頼が使わなくなったこの銃も織田では未知の兵器。信長は何故、このような凄いものをくれるのか考えていた。

 そう、勝頼はもっと凄い武器を持っている、だからこれはいらないのだと気付いた。となれば、当面は同盟を結ぶべきだ。


 勝頼の要望を丸ごと飲むことにした。




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