第61話 秀吉という男
次は織田の使者か。実は勝頼は悩んでいた。織田とどうすべきかをである。信長になって考えてみた。恐らくは、家康に踏ん張ってもらって西の方平らげてから武田と決戦と考えていたのだろうと。
ところが家康は倒された。ついでに信玄もいなくなった。勝頼は不気味だし、武田の勢力は広がった。織田はどうするべきか?
浅井、朝倉からは信玄の法要にも勝頼の家督相続にも音沙汰がない。特に朝倉は、なんか気に入らない。この間もさっさと引き上げちまうし。
徳川信康の事もある。本多忠勝のてまえ、大事に取り扱わないと遠江の国衆が言う事聞かなくなるかもしれないし。
まあ、向こうの出方を見ますかね。
織田信長も悩んでいた。東の抑えだった徳川が弱体化し、ほぼ役に立たなくなった。このまま武田が出てくれば四方八方が敵になり勝ち目はない。
誰と組むのだ、天下布武を成し遂げるにはどうするのか?勝頼という男にかけてみるか?悩んだ結果、使者にはあの男を出す事にした。
「武田勝頼様、家督相続、おめでとうございます。手前、羽柴秀吉と申します。以後お見知り置きを」
秀吉が来たのか。信長め、さてどう出てくる?
「羽柴殿。こちらこそわざわざお越し頂き嬉しく思う。信長殿は義理の父にあたるお方なのじゃがまだお会いした事がない。どんなお方じゃ?」
「そりゃーもーこええお方で。いや失礼仕った。どうも尾張弁が出てしまいます」
「そうか。だが羽柴殿は素晴らしき活躍で手柄を多く立て昇進し続けていると聞いておるが。怖いものなどないのでは?」
「織田には信長様だけでなく、怖い重臣がいっぱいおりまして。ところで、勝頼様は浜松城を一瞬で焼き払っとか。どうやったのです?」
「ん?城は火を放てば燃えるであろう。それだけの事じゃ」
「それはそうですが、あっという間に燃え広がったとうちの物見が申しておりまして。火を放ったところも見えなかったと」
見ていたのか?抜け目のない。
「浜松は風が強いからの。燃え広がるのも早かったのではないか。そうじゃ、信長殿は何か言っておらなかったか?武田との関係についてじゃ」
「信長様は勝頼様と争う気はないです。亡き信玄公にもたーくさんの贈り物もしてましたし、敵対する気はこれぽっちもございません。特に今回、徳川を滅ぼさず信長様の義理の息子である信康様をお助けいただいた事については、あ、そうでございました。これを忘れては切腹ものです。なぜ信康様を攻めないのか聞いてこいと言われておりました。
これを聞いて帰らないと信長様に殺されてしまうかもしれません。教えてくださいまし」
何だ、こいつ。あ、そうだった。人たらしでは天才なんだっけ秀吉って。
「簡単な事だ。織田殿がどうでてくるかみているのだ。三河を完全に武田のものとすれば織田も後には引けまい。一気に京まで上る事も出来なくはないがな。余は早くこの戦国の時代を終わらせたいのだ。民が平和に暮らせるようにな」
「それでしたら、我が殿と手を結んだらどうです?勝頼様と織田が組めば天下に敵はないでしょうぞ」
「考えておこう」
秀吉は帰っていった。
秀吉が帰ったあと、沙沙貴綱紀が久し振りに現れた。
「勝頼様、あの秀吉という男にはお気をつけ下さい。どうもうさんくさい。平気で騙しますぞ」
「そちは織田の忍びだろう。身内の悪口を言いにわざわざ来たのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが。ただ虫が好かないのです。得体がしれないというか、他の重臣の方々も困っているのですが殿のお気に入りなので。織田信長様から伝言を預かっております。勝頼様にお会いしたいとのことです」
「そうか、なら場所は岡崎城がいいか?」
「なんと、それでは勝頼様に危険が。危ういですぞ」
「危ういか。正直だな。ではどこなら危うくないのだ?答えてみよ。信長殿はどこで会う気なのかな」
「信長様は場所まではお話されませんでした。ただお会いしたいと」
「浅井朝倉を攻める予定は?」
「直ぐにでも。ただ東の脅威があり、簡単ではないと」
「同盟を結ぶ気があるのなら、この勝頼自ら兵を率い応援に行くと伝えよ。朝倉は余も気に入らんのでな」
沙沙貴綱紀は上手くいったのかこれ?と思いながら信長の元へ急いだ。
勝頼は重臣を集めて言った。
「これから暫くの方針だ。まず、北条との同盟は継続する。上杉とはお互いに干渉しないようにする。これ以上の進軍は行わない。増えた領地の内政に力を入れ次の戦へ備える。
その上でだが、古府中は今まで通り余の直轄地だが、余の本拠地を駿府城とする。西へ向かいやすくするのだ。
また、皆に加増をする。先祖代々の領地はそのままに、各地を分け与える。城代または与力にそこの国衆をあて武田への忠誠を誓わせるのだ。まだ表向き仕方なく従っている国衆も多い。
山家三方衆のような者共は、三ヶ所へ分断する。加増して不満ないようにしてだ。離れてしまえば逆らうことはできなくなるだろう。
この数年で世の中はさらに動くであろう。時が来るまで備えるのだ。
それと、武士と農家を分ける。食いっぱぐれているものは取り立てろ。やむを得ない場合は農民も繰り出すが、普段の戦は武士だけで行う。武士はとことん鍛える」
ここまで言ったところで一息ついた。皆、静かに聞いていたので続けて話し始めた。
「織田とは、一時的に同盟を結ぶ。浅井朝倉を攻めるのに援軍を出す」
ここで重臣達が口を出しはじめた。
「お屋形様。それは悪手ですぞ。織田は今、四方を敵に囲われて虫の息。組む利点がありませぬ」
「浅井朝倉とは同盟を結んでおりました。本願寺を含め織田包囲網という名で。それはどうするのです?」
「上杉、北条と組んだのなら西上する絶好の機会では。亡きお屋形様の悲願はどうされるのです?」
まあ、そういうよな。その手も考えたんだけど、それだとお松が幸せになれないんだよ。え、そんな理由かよって?流石にそれだけではないけどね。
「父上は、本願寺や一向一揆に大量の金を使っていた。それは金山から莫大な金が取れたからだ。今はそこに回す金はない。戦には金がかかる。これ以上本願寺に回す金がないのだ。では、どうする?包囲網はいずれとける。浅井朝倉には織田を滅ぼす力はない。松永にも、足利義昭にもだ。
では、武田はどうだ?度重なる戦で兵や畑は疲労し年貢も取れない。今は力を蓄える時だ。駿府へ引っ越し、海を使って貿易をし、税を取る。織田と戦うのは今ではない。織田が強くなり過ぎないよう、本願寺を側面から援護する。金を使わずだ」
静まりかえっている。戦はしたい。ただ、自分の領地も追い込まれているのは事実。勝頼の案は的を射ていた。それならば、その時に備えようと思った時に、勝頼が言った。
「それはそれとして、織田信長と会談を行う。そのまま浅井朝倉を攻める。穴山、馬場、信豊、昌幸は同行せよ。兵は皆から少しづつ出せ。総勢五千だ」
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