第60話 樋口(直江)兼続
勝頼は、領地境界の防御を固め古府中へ戻り重臣を集めた。
「父、信玄の葬儀を行う。大々的にだ。上杉、北条、織田へ知らせよ。信玄死す、跡目は勝頼だと」
葬儀は恵林寺、あの『心頭滅却すれば火もまた涼し』で有名な快川和尚のいる寺で行う事になった。この寺は信玄ゆかりの寺で葬儀を行うにはここが一番適していた。
「葬儀に際し、各国の忍びが入ってくるだろう。堂々と入ってくる者には見せてやれ、忍び込んでくるものは余を狙ってくるやもしれん、殺せ。
父上亡き後武田が一枚岩かどうか、武田がどう出るか敵も不安なのだ。我が領地は、甲斐、信濃、駿河、遠江、東三河となり、日の本一の大大名である。堂々と構えておればいい。正式な使者には余が直接会って話そう」
葬儀の指揮は穴山梅雪に頼んだ。穴山は泣いて喜んだ。
「穴山殿、いや、これからは呼び捨てにさせてもらう。梅雪。頼りにしておる。余に何か過ちがあれば、それを正すのは親戚衆である。だが、余は親戚だからといって特別な対応はするつもりはない。
しかし心の中では感謝しているという事は覚えておいて貰いたい。武田は大きくなった。それ故に出る膿もあろう。嫌な役回りを頼む事もあるやも知れん。だが余が頼む時はそれは命令である。謹んで受けよ」
勝頼に言われ、穴山梅雪は心の底から喜んだ。勝頼は穴山梅雪の扱いをどうするか20年悩んだ。悩んだが結論はでず、まあ正直な対応をする事にした。これでダメなら仕方ないじゃんね。
勝頼が古府中にいる時に住む家は新館と呼ばれていたが、いわゆる本館に引越すべきという声が多かった。そう、信玄が住んでいたところである。当然、そこには大奥のような女人しか入れない奥様方の部屋があり、現在未亡人となった3人の女性が住んでいた。
勝頼が引っ越すと当然そこには勝頼の側室が入る事になる。つまり未亡人はどっかへ移ることになるのだが、今までとは待遇が変わり質素な生活をしいられる事になる。
勝頼は葬儀の報告に本館奥にいる里美を呼んだ。
「ありゃ、勝っちゃん。何の用?」
「一応お屋形様なんだけど。」
「じゃあ、偉くなったお屋形様にお願いがあるのですが。恵理さんを五郎様の元へやれないかしら?そこなら安心できそうだし。私は温泉の近くにでも住みたいけど、お金は生きていけるだけあればいいし。
あと、茜さんはお屋形様に仕えたいそうよ。知ってるでしょ?忍びの心得があるの」
そう、茜さんは元々は北条の忍びだったが縁があって信玄の側室になっていた。まだ30位じゃないかな。確かにこのままスローライフは勿体ないし、伊賀の出だから今後役に立つかも。
「里美様、恵理様は五郎盛信に預けます。里美様は古府中近くが宜しいですか?このままここにお住まいいただいてもいいですよ。勝頼は本拠地を駿府へ移すつもりですので」
「何ですって?武田の本拠地を変える。そんな事が許されると思ってんのあんた」
「まあまあ、考えがあるのですよ。それにここは山の中。何処へ行くにも時間がかかります。これからは海のある場所にいないと機動力で勝てなくなります」
里美は古府中に残ると言った。信玄の墓を守っていくそうだ。次に茜に会った。
「茜様、里美様に聞きましたが、それでいいのですか」
「はい、お屋形様。このまま歳を取っていくより武田家の為に働く方がいいと考えました。お荷物でなければお願い致します」
「あい、わかった。茜、これから頼むぞ」
勝頼は信玄が使っていた諜報網も手に入れていた。その親方に茜をあてた。茜にハンググライダーを覚えさせるのはもう少し後になる。
信玄の葬儀は無事に終わった。各地からお悔やみと勝頼が家督を得たお祝いを兼ねて使者が来ていた。
上杉の使者は、樋口兼続、ここでは直江兼続とする。
「直江殿、よく参られた。」
兼続、来たーーーーーー。愛の兜見たいけどさすがにかぶってなかった。まだ子供じゃん、こいつがああなるのね。
「勝頼様、お目にかかれて恐悦至極にございます。我が主、謙信公から家督相続のお祝いを持ってまいりました」
「謙信公の志、ありがたくお受け致す。ところで、我が武田軍はもう上杉殿と争う気はない。父と謙信公は何度も戦ったが、それは昔のこと。上杉殿が手を焼いている一向宗もいずれ手を引くだろう」
勝頼は、信玄が金の力で一向宗を使い織田、上杉を牽制している事を改めようとしていた。要は金がないのである。金山はほぼ取り尽くしてしまった。領地が増え年貢収入も増えるはずだったが、この年、戦で農地を荒らしたり、多くの兵が死に働き手が減った農家も多く、新領地の民の心を掴む為年貢を半分にした。
つまり一向宗に払う金がないので必然的に上杉と手を結ぶことになる。
「直江殿。謙信公のご様子はいかがじゃ?中風にかかったそうだが」
中風、いわゆる脳卒中である。
「おかわりなく、鷹狩りを楽しんでおられまする」
「そうか、それは良かった。ところで謙信公には子がいないが、跡取りはどうなるのだ。直江殿にはわかっておるのではないか?」
「難しい問題です。養子が二人いらっしゃいますが、一人、小田原殿は北条氏康の子。争いは避けられないかと。勝頼様、何かいい知恵はございませんか?」
小田原殿とは景虎の事である。北条の人間なので越後の国衆は皆そう呼んでいた。
「どちらかが残り、どちらかが滅ぶ。これは避けられまい。謙信公が死ねば家督を巡って戦になるであろう。景虎には北条が味方する。さて、直江殿はどちらにお味方なさるのかな?」
「景勝様です」
「そうか、ならこの勝頼。景勝殿の味方となろう。その時を待つが良い。この事は誰にも漏らすなよ」
直江兼続は、勝頼を信じるべきか判断がつかなかった。謙信には勝頼には争う気が無いことのみを伝えた。
次に勝頼は北条の使者、鉢形城主、北条氏邦と会った。
「武田殿。我が主、氏政より家督相続、ならびに遠州、遠江制圧のお祝いを預かって参りました」
「これはこれは氏邦殿。北条家で最も強者と言われる氏邦殿がいらしてくれるとは誠に嬉しく思う。父、信玄とそなたの父上、氏康公は長年の戦友であった。
氏康公のご遺言である北条との同盟は今後も変わらず続けていくつもりである。氏政殿にはご安心なさるようお伝えいただきたい」
氏邦は勝頼の懐の大きさに驚愕した。氏政との違いを感じてしまった。武田には逆らうべきではなく、対等の立場でいれるのであれば、北条にとってはこのままがいいと思い、氏政へは武田に敵対する事のないよう報告した。
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