第41話 再出発
数週間後の会社を退職した数日後。
引っ越し作業に追われていると、家のインターホンが鳴り、夏美が部屋に入ってきた。
「引っ越し先、どこだって言ったっけ?」
夏美は一足早くに実家へ戻り、気ままな実家暮らしを再開していた。
新しい実家の場所を伝えると、夏美は寂しそうな表情を浮かべながら小さく切り出してきた。
「えー… めっちゃ遠いじゃん…」
「うち、お父さんが転勤族だったし、仕方ないよね」
「戻ってくる?」
「向こうで就職決めるつもりだし、こっちにはもう来ないかな? たまぁにマスターのところには行くかもだけどね」
「そっかぁ… 寂しくなるなぁ…」
「マスターの焼き鳥が食べたくなったら連絡するよ」
すべての引っ越し作業を終え、夏美と駅に向かう途中、話していたんだけど、副社長のことには一切触れず、中学時代の話ばかりをしていた。
夏美はよほど暇なのか、新幹線に乗る直前まで付き合ってくれたんだけど、思い出話ばかりで、匠さんや修哉さんのことには触れてこなかった。
夏美と別れた後、一人で新幹線に乗り込むと、初めて新幹線の中で修哉さんと会った時のことを思い出していた。
…もう少しお互いを知ってたら、ちゃんと好きになれたのかもな…
そんな風に思いながら電車に揺られ、新しい土地に向かっていた。
数時間後。
スマホのナビを頼りに歩き、真新しい実家へ。
翌日には、土地勘をつかむために近所を散歩していると、広い公園の中で小さな男の子と女の子が走り、母親らしき女性が楽しそうに二人を追いかけていた。
…幸せそうだなぁ…
3人を横目で眺めながら歩いていると、前方に黒いワンボックスカーが停まり、運転席から男性が降りるなり、公園の中に向かい、声をかける。
「行くぞ!!」
「はぁ~い!!」
3人は声に反応するように、男性のもとへ駆け出し、男性は後部座席に乗り込んだ幼い二人のシートベルトを締めていた。
「大地君、シュウジ君のお土産持ってきた?」
「ああ。 車に積んであるよ。 美香と違ってしっかりしてるからな」
「なんか言ってるしぃ~」
二人は楽しそうに話しながら車に乗り込み、颯爽とどこかへ向かう。
…仲良しで幸せそうな夫婦だったな…
偶然見かけた家族を、羨ましく思いながら帰路についていた。
数週間後には、転職先が決まり、慌ただしく作業をする日々。
以前の会社とは異なる業種で、一般事務を受け持っていたんだけど、何もかもが新鮮で、わからないことばかり。
わからないことはその場で聞き、時々お小言を言われたりもしたんだけど、間違えたことは言われないし、作業が早くに終わったときは、きちんと褒めてくれたせいか、不満に思うこともなく、楽しく働くことができていた。
そんなとある日のこと。
来客があり、応接室にお茶を運んだんだけど…
応接室にあるソファに、匠さんと修哉さんが座っていた。
「あれ? あかりちゃん?」
匠さんの声に驚き、思わず固まっていると、匠さんが切り出してきた。
「え? 嘘!? 転職先ってここだったの!?」
「は、はい… なんで?」
「俺ら独立したんだよ。 今日は打ち合わせで来たんだ。 えーマジで??」
明るい声を出す匠さんとは反対に、修哉さんは少し不貞腐れた様子。
修哉さんの前にお茶を出すと、修哉さんは小声で切り出してきた。
「なんか言ってから引っ越せっつーの…」
「…すいません。 バタバタしてて…」
小声で返事をすると同時に、担当者の片山さんが応接室へ。
片山さんと入れ替わりで応接室を後にし、自分の部署に戻っていた。
この時の私は、まだ気づいていなかったんだ…
頭の中に響く静寂な言葉に操られ、この土地にたどり着いたことを…
fin
静寂な言葉 のの @nonokan
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