第39話 退職
翌日。
会社に行ってすぐ、部長に『退職願』を提出すると、部長は大きくため息をついただけで、引き留める言葉も、今後のことを聞いてくることもなかった。
夏美も同じことを思っていたようで、その少し後に、準備してあった退職願を取り出し、部長に提出。
少しすると、松崎君と滝川君が部署に戻ってきたんだけど、滝川君は部署に戻るなり部長に呼ばれ、会議室に向かっていた。
部長と滝川君、松崎君の話し合いは定時を過ぎても終わらず、私と夏美はさっさと会社を後に。
二人でマスターのいる居酒屋に行き、夏美と話していたんだけど、夏美も紗耶香ちゃんの言葉をきっかけに、限界を感じたようで、退職することを決意したようだった。
「今まで何度も辞めようって思ってたんだけど、転職って面倒だしさ。 あかりもいたし、ズルズルと続けてたんだよねぇ… 紗耶香ちゃんの言葉を聞いて、なんかもういいやって思っちゃった。 」
「私もそうなんだよね… 引っ越すのが嫌で、退職って選択肢が出てこなかったんだけど、なんかもう、どうでもよくなっちゃってさぁ…」
「あんな面等向かって、フルネームで名指しされたらねぇ… モチベーションが続かないよね」
夏美は無気力な感じで言い切り、飲み物を飲んでいたんだけど、同意することしかできなかった。
寂しそうな表情をするマスターと話した後、自宅に戻り、実家に電話。
実家に電話をすると、母さんが出ていたんだけど、事情を説明するなり、母さんが切り出してきた。
「実はね、お父さんの転勤が決まって、来月からかなり遠方に引っ越すことになったのよ。 ここよりずっと田舎なんだけど、それでもいい?」
「うん。 いいよ。 ちょっとゆっくりしたいし」
「わかった。 後で住所をメールするわね」
電話を切った後、メールに書かれた住所を見たんだけど、今まで行ったことがない県名。
…0からスタートか。 ま、そっちのほうがやりやすいかな…
小さくため息をつき、カバンから手帳を取り出すと、手帳の隙間から修哉さんの名刺が床に落ちる。
…修哉さんか…
修哉さんの名刺を眺めながら、温泉で初めて会ったことや、電車で一緒になったこと、偶然、通りかかっただけなのに、私が勘違いして、修哉さんに縋りついたことまでもが、走馬灯のように頭をよぎる。
…もうちょっと、お互いを理解できてれば、好きになってたのかもな…
小さくため息をつき、手帳の中に名刺を戻すと、頭の中に男性の声が響いてきた。
≪隣へ…≫
…隣? 隣って藤田さんの家? もしかして、この声の人がいるかもしれないの?…
不思議に思いながらゆっくりと立ち上がり、鍵だけをもって隣の家へ。
502に住む、藤田さんの家のインターホンを鳴らしても、何の反応もない。
何度かインターホンを鳴らしたんだけど、何の反応もなく、家に戻ろうとすると、再度、頭の中に声が響いてきた。
≪隣へ…≫
不思議に思いながら、空き部屋である505の前に行き、インターホンを鳴らすと、ドアが少しだけ開いた。
…え? 空き部屋じゃなかった? どういうこと?…
恐る恐る少しだけドアを開けると、玄関には男性物の靴がおいてあり、空き部屋だと思っていた家の中には、生活感があふれていた。
≪中へ…≫
「…お邪魔します」
小声で言いながら、玄関に入り、奥にあるリビングに向かうと、ソファには副社長が座っていた。
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