第38話 限界
部長と工場に謝罪に行った後、会社に戻り、重い空気の中で作業をしていたんだけど、紗耶香ちゃんは何事もなかったかのように作業を続け、部長に話しかけていた。
「…ほかに言うことはないのか?」
部長がしびれを切らせたように切り出すと、紗耶香ちゃんは大きなため息をつきながら言い放った。
「何がですか?」
「何がじゃないだろ? 自分のやったことがわからないのか?」
「はぁ? 池内さんを滝川君のサポートに戻したのが悪いんですよね? あのまま坂崎さんにつけれいれば、あんなミスが起きずに済みましたよね?」
「責任転換するつもりか?」
「そうじゃないですよ。 担当を変えられて、やっと慣れてきたと思ったらまた変えられて、すごい迷惑してたんですよ?」
「なぜ変えられたか、その理由がわからないのか?」
「坂崎さんが多くの契約を取ってくるからですよね? 私、まだまだ新人なんで、そんなに多くの処理ができないんです」
紗耶香ちゃんは開き直ったかのように言い切り、部長は怒りに顔を赤くしていく。
二人は勢いに任せ、その場で怒鳴り合いを始めてしまい、夏美と二人でため息をつくことしかできなかった。
「自分が残業を押し付けたのが原因だろ!!」
部長が怒鳴りつけると、紗耶香ちゃんは悪びれる様子もなく言い放つ。
「用事があったんだから仕方ないですよね!? だいたい、部長があのまま私を滝川君につけていれば、Nファクトリーの副社長に誘われて、バーに行けたのも、スイートルームに泊まれたのも私でしょ!? 勝手に変えられて、マジでむかつくんだけど!!」
…やっぱりそこか…
わかりきったことだったけど、改めて言い放たれると、ため息しか出てこない。
部長は「遊びで行ったんじゃない!」と怒鳴りつけていたけど、紗耶香ちゃんは全くと言っていいほど納得せず、部長に怒鳴り返すばかり。
どんなに時間がたっても、二人の言い分は平行線を辿るばかりで、解決に至ることはなく、うんざりしながら呆れ返ることしかできなかった。
すると突然、紗耶香ちゃんは発狂したと思ったら、部長のデスクにあった鋏を手に取り、左腕にグサッと突き刺す。
「なんなのよもう!! 私はちゃんとやってるじゃない!!!」
紗耶香ちゃんは怒鳴りつけながら左腕に鋏を突き刺し続け、大きな×印を作り始めた。
その時、部署に戻ってきた松坂君と坂崎さんが、紗耶香ちゃんを必死に止めようとしたんだけど、紗耶香ちゃんは正気を失っているようで、鋏を振り回し、誰も近づくことができず。
「あの二人が悪いのよ! 池内あかりと佐藤夏美さえいなかったら、こんなことにはならなかったのよ!!」
紗耶香ちゃんの怒鳴り声を聞き、×印の傷口から流れる血を見た瞬間、頭の中に『限界』の言葉が思い浮かぶ。
…もう無理だ。 今まで頑張ってきたけど、もう限界…
自分の中で『限界』を感じた瞬間、紗耶香ちゃんは倒れこみ、意識を失っていた。
坂崎さんが応急処置をする間、松坂君が電話で救急車を呼んでいたんだけど、何も考えられずボーっとしたまま。
紗耶香ちゃんが救急搬送された後、後片付けや掃除をしていたんだけど、何も考えられないまま、手だけを動かし続けていた。
帰宅後も、紗耶香ちゃんから怒鳴るように言われた言葉が頭を駆け巡り、気が付くと退職願を書いていた。
…もっと早くこうするべきだった…
退職願を書き終えた後、大きくため息をつき、ずっと気に入って住み続けていた部屋を眺めていた。
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