第36話 操作
定時を迎え、少し残業した後に夏美と二人で会社を後にしようとすると、由美子ちゃんが駆け寄り切り出してきた。
「ご飯行かない?」
二人とも、特に用事がなかったから、すぐに了承して3人で食事に行ったんだけど、食事を終え、ひと段落すると、由美子ちゃんが思い切ったように切り出してきた。
「バツ印の傷、なんか違和感ない? 野口さんもそうだし、この前の痴漢もそうだったじゃん? 今日の総務部長もバツ印の傷作ってたし、なんか変じゃない?」
「言われてみれば確かに…」
夏美が呟くように言うと、由美子ちゃんはグラスに注がれたビールを飲み干した後に話し始めた。
「ずっと違和感があったんだけど、ここの所立て続けじゃん? 誰かに操られてるんじゃないかって思うんだよね」
「誰かって誰?」
「それがわかんないのよ。 全員の共通点を探したんだけど、みんな誰かからの恨みを買ってるってことしかないんだよね。 野口さんは月例で恨みを買ってたし、痴漢は被害者から恨みを買ってたでしょ? 総務部長はいっつも指舐めて書類を捲って汚いし、田中企画の社長も相当恨み買ってたみたいだしさ」
「田中企画?」
「え? 知らないの? 元々坂崎さんが担当してた田中企画の社長、奥さんに不倫がばれて、腕にバツ印の傷を付けられたんだって。 会社で派手に暴れてたらしいよ?」
「…詳しすぎない?」
「この前、田中企画と合コンして教えてもらったのよ。 みんな、誰かに操られて行動したとしか思えないんだよね」
「洗脳ってこと?」
「洗脳だったら共通点があるじゃん? もっとなんか違う感じ?」
由美子の話を聞きながらいろいろと考えていたんだけど、ふと頭の中に副社長の言葉が頭を過る。
≪願いを叶える≫
…まさか、ねぇ…
そう思いながら飲んでいたんだけど、副社長から言われた言葉が気になって仕方ない。
食事を終え、電車に揺られている間も、副社長に言われた言葉が頭を駆け巡っていた。
翌日。
普段通りに会社に行ったんだけど、部署に入った途端、ただならぬ空気を感じていた。
というのも、紗耶香ちゃんの不機嫌さがMAXに近く、部長と坂崎さん以外の人とは挨拶をしない。
昼休みになると同時に、何も言わずにどこかへ行き、戻った時の挨拶もなし。
紗耶香ちゃんを気にしないようにしながら午後の作業をしていると、重い空気に耐えかねたのか、夏美が切り出してきた。
「ちょっとコーヒー買ってくるわ」
「どこまで?」
「下の自販機」
「わかった。 電話あったら折り返すって言っとく」
「お願いね~」
夏美が財布を持って立ち上がった途端、紗耶香ちゃんがツカツカと夏美に歩み寄り、嫌悪感むき出しの目で見ながら切り出した。
「今から私が自販機行くんで、10分後に行ってください」
「は? 何言ってんの?」
夏美の言葉を聞かないまま、紗耶香ちゃんはさっさと部署を後にし、夏美は呆れ返っていた。
「…10分後って何?」
「さぁね」
「なんであの子に操られなきゃいけないの?」
「仕方ないよ。 元々ああいう子だし」
「そりゃそうだけどさ、スイートルームに行っただけで、あんな態度とられる筋合いないじゃん」
「とにかく、今は行かないほうがいいよ。 余計なもめごとが増えるから」
夏美は私の言葉をきっかけに、不貞腐れながらも椅子に座りなおして作業を開始。
1階にある自販機に行って戻るまで、5分もかからないはずなんだけど、紗耶香ちゃんは20分以上も退席し、夏美はかなり苛立っているようだった。
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