第32話 お迎え

Nファクトリーの副社長からお誘いを受けてからというもの、紗耶香ちゃんからは完全に無視をされ続けていた。


紗耶香ちゃんが話しかけるのは、私と滝川君の人以外。


私と滝川君が声を出すと、紗耶香ちゃんはわざとらしくため息をついたり、デスクの引き出しをわざとらしく音を立てて閉めたりする始末。


部長がいるときは、比較的おとなしいんだけど、部長がいないときは好き放題に暴れまくり。


誰かが注意をしても、反論するばかりで聞き入れないことくらいわかりきっていたせいか、誰も注意をせずにいた。


残業を押し付けられることも覚悟していたんだけど、定時間際になると部長が帰社していたせいか、押し付けられることもなく、定時を少し過ぎたころには、無言の圧力から逃げ出すように会社を後にしていた。


嫌なことがあるせいか、家でお酒を飲むことが増えていたんだけど、お酒がなくなりそうになると、藤田さんが訪問し、お酒を「もらってください」と泣きついてくる。


時には高級ウィスキーを持って来たり、高級ワインを持って来たり。


いつも「親戚が送ってきた」と言うのだけれど、親戚だったらお酒を飲めないことも分かっているだろうし、こんな高いものを送るのはどう考えてもおかしい。


おかしいとは思うんだけど、断り切れず、違和感を抱えたまま受け取っては、夕食をご馳走し続けていた。



Nファクトリーの副社長と食事に行く日。


定時少し前に滝川君と会社を後にし、副社長が待つビルへ向かおうとすると、会社の前に1台の高級車が止まっていた。


…誰の車だろう?…


不思議に思いながら駅に向かおうとすると、窓が開き、ハンドルを握った副社長が笑顔で声をかけてきた。


「二人とも、乗って」


思わず滝川君と顔を合わせ、車に近づいたんだけど副社長は左ハンドルの車から降りることなく、「早く乗れ」と急かし続ける。


かなり戸惑いながら車に乗り込むと、副社長が笑顔で切り出してきた。


「たまたますぐそこで打ち合わせがあってさ、そろそろ出る時間かと思って来たら正解だったよ」


「そ、そうだったんですね… 何も聞いていなかったので、かなり驚きました」


「だろうね。 制服を変えた途端、社内派閥がなくなって売り上げも伸びたし、俺も驚いてるんだ。 二人には感謝しかないよ」


笑顔でハンドルを握る副社長に、小さな違和感を感じながら車に揺られ、目的地であるビルに向かっていた。



話しながら車に揺られ、高層ビルの地下駐車場へ。


滝川君はかなり緊張しているのか、顔がこわばっている。


滝川君に話しかけることができないまま、エレベーターでレストランのあるフロアに行き、店に入ってすぐに個室へ案内されていた。



個室に入ると、テーブルの上にはナイフとフォークが並べられていたんだけど、それを見た途端、滝川君は顔を青くし、小刻みに震え始める。


…あ、これはやばい奴だ…


やばいと思っていても、副社長の前で声をかけることができずにいると、副社長はため息をつき、従業員を呼び出していた。


「部屋、間違えてない?」


「あ、大変申し訳ありませんでした! こちらです!」


副社長の行動に疑問を抱きながら隣の部屋に行くと、そこにはナイフとフォークはなく、お箸が置かれているだけ。


「小さいときに母親から厳しく教え込まれたせいか、テーブルマナーが大っ嫌いでさ。 ナイフとフォークを見るとうんざりするんだよね。 箸でもいいかな?」


「もちろんです!!」


滝川君の表情は一気に明るくなり、3人で椅子に座った後、話しながら箸で食事をとり続けていたんだけど、出てくる食事すべてが一口サイズにカットされ、副社長は当然のように箸で食べ続けていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る