第31話 会話
≪起きて≫
会社で倒れた翌日、頭に響く声で目が覚め、重い体を引きずるように起き上がっていた。
リビングに行くと、夏美が藤田さんからもらったワイシャツを着こみ、出社する準備をしていた。
「これ、借りたから。 無理しないでゆっくり休んで。 仕事終わったらまた来るわ」
夏美はそれだけ言うと、慌ただしく家を後にしていた。
準備を終え、マスクをして家を出ると、藤田さんとバッタリ会ったんだけど、藤田さんは軽く会釈をするだけ。
以前、うちで一緒に夕食を食べたときは、すごく気さくに話していたのに、余所余所しささえ感じていた。
話しかけたいけど声が出ず、黙ったまま二人でエレベーターに乗り込む。
黙ったまま病院に行き、診察をしてもらうと『急性扁桃腺炎』とのこと。
薬を貰い、自宅に帰った後に軽く食べ、薬を飲んでベッドに潜り込んでも、頭に響く声は聞こえず、眠り続けていた。
しばらく眠っていると、物音が聞こえ、リビングに行くと、夏美がおかゆを作っていてくれた。
「あ、寝てていいよ?」
黙ったまま顔を横に振り、ソファに座って水を飲んでいると、夏美は缶ビール片手に切り出してきた。
「駅で修哉君に会ったわ。 熱出して寝込んでることを話したら心配してたよ? 回復したら飲みに行こうって。 あとね、Nファクトリーの副社長から電話があったんだけど… 滝川君がパティスリーKOKOに行った事、大暴露してた」
夏美の言葉を聞き、がっかりと肩を落とすと、夏美はポンポンっと肩をたたいてくる。
…紗耶香ちゃん、絶対不機嫌になってるよなぁ。 また押しつけ残業ラッシュか…
小さくため息をつきながら水をもって寝室に行き、ベッドに潜り込んでいた。
夏美が泊まり込みで介抱してくれたせいか、2日後にはすっかり良くなったんだけど、毎朝目が覚めると、誰かと会話をしていたような気がして仕方なかった。
会話の内容は覚えてないし、声の相手が誰かもわからないんだけど、頭に響く声と会話をしていたという記憶だけははっきりと覚えていた。
不思議な気持ちを抱えながら夏美と電車に乗り込み、修哉さんに会えないまま会社へ。
久々の出社だったんだけど、夏美と会社に着くなり、紗耶香ちゃんは夏美に駆け寄り、雑誌を広げながら話しかけていた。
「夏美さん見てください! ここのバー、めっちゃお洒落じゃないですか!? めっちゃ行きたいです!!」
広げた雑誌のページには、ビルの最上階に位置するお洒落なバーが掲載されていたんだけど、私が雑誌を覗き込もうとすると、紗耶香ちゃんは雑誌を閉じ、夏美にばかり話しかける。
…パティスリーKOKOの代償? 仕事で行っただけなのに、なんでこんな扱いされなきゃいけないんだろ…
小さくため息をつきながらみんなに挨拶をし、午前中の作業をしていると、滝川君宛に電話が入ったんだけど、滝川君は電話を切った後、言いにくそうに切り出してきた。
「あかりさん、今、Nファクトリーの副社長から電話があって、一緒に食事に行こうって言ってたんですけど… あの… そこがですね…」
滝川君は言いにくそうに店名を言っていたんだけど、そこはついさっき、紗耶香ちゃんが『行きたい』と騒いでいたバーと同じビル。
「…え? 本当に?」
「はい… 副社長、いつもそこの個室に行ってるらしいんですけど、もしよかったら一緒にどう?って… 食事が終わったら、最上階のバーで一緒に飲もうって言ってるんですけど…」
滝川君の言葉を聞いた途端、紗耶香ちゃんが刺すような目で見てくるのがはっきりとわかる。
「…ちなみにいつ?」
「再来週です。 時間は追って連絡するって… あかりさんと一緒に来てくれって言ってました」
「わかった。 予定入れておくね」
はっきりとそう言い切った後、刺すように見てくる紗耶香ちゃんを見ないようにし続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます