第28話 打合せ

中田ジムに行った数日後。



普段通りの作業をしていると、滝川君が帰社するなり切り出してきた。


「あかりさん、Nファクトリーの副社長が、打合せしたいって言ってました」


「打合せ? 制服届いたんじゃないの?」


「そうなんすけど、子会社の制服は違うタイプにしようって案が出たらしくて…」


「そっか。 いつ?」


「来週の金曜、14時っす。 社外で打合せしたいみたいで、場所は後日連絡するって言ってました」


「OK。 スケジュール入れておくわ」


そう言った後、スケジュールを入力し、普段と変わりない時間を過ごしていた。



翌週の金曜。


滝川君の運転する車に乗り込み、ナビを頼りに目的地近くの駐車場に向かったんだけど、たどり着いた店の前で呆然としていた。


「え? ここ?」


「はい… パティスリーKOKOです…」


普段は大行列が常にできるくらい人気のケーキ屋さんなのに、この日は行列どころか、人の気配すらない。



それもそのはず。


ドアの前には『CLOSED』の看板が掛けられているから…



「日付、間違えてない?」


「いえ、今日ですよ。 メールに書いてありますし」


滝川君はそう言いながら社用スマホを見せてきたんだけど、日時もあってるし場所もあっている。


「…副社長、間違えちゃったのかな?」


独り言のように小さくつぶやくと、背後から呼びかける声が聞こえてきた。


「遅れてしまい申し訳ありません」


声に振り替えると、副社長はスーツを直しながら颯爽と歩み寄ってくる。



…かっこいい。 こりゃ女性社員が黙ってないでしょ…



そんな風に思いながら挨拶をすると、副社長は『CLOSED』の看板が掛けられているドアを当たり前のように開け、中に入っていった。



不安を抱きながら中に入ると、副社長は厨房の奥にいる男性に声をかける。


「カズ、休憩中なのに悪いな」


「ああ、いいよ」


厨房の奥にいる男性の声を聴いた途端、滝川君が声を上げた。


「中田和人さん!!」


「え? 知ってるの?」


「知ってるも何も、この前中田ジムに行ったじゃないっすか! 英雄さんの息子さんっす!! 元世界チャンプっす! ケーキ屋さんって、風の噂じゃなかったんすか!?」


「ずいぶん古い話を知ってるね」


厨房の奥にいた男性は滝川君にそういった後、奥の席へと案内してくれた。


副社長の向かいに座り、改めて挨拶をすると、副社長が切り出してきた。


「カズとは同じ大学に通ってたんだ。 オープンしたケーキ屋がすごい人気って聞いてたから、一度来たいって思ってたんだけど、女性ばかりが並んでいるところに入るのはちょっと… ねぇ? 頼み込んだら『休憩中ならいい』って言うからさ。 せっかくだし、普段お世話になってる二人を誘おうと思ってね」


「…なんか申し訳ありません」


「あの制服、女性従業員から評判いいんだよ。 お洒落で着心地が良いって。 それで、子会社の制服なんだけど~~~」


副社長に切り出され、カタログを見せながら話していると、中田さんがコーヒーを運び切り出してきた。


「とりあえず食ってからにしようか? うちもバイト用に制服頼みたいし」


「OK」


副社長が返事をすると、中田さんが運んできてくれたケーキを食べたんだけど、生クリームがさっぱりとしていて、聞いてた話より数十倍美味しく、思わず声を張り上げてしまった。


「すっごい美味しいです!!」


「ありがとう。 うちの弟はワンホールペロッと食っちゃうんだよね。 奏介も一人で1ホール食って、子供たちからボコられてたな…」


「弟って中田義人さんですよね! 確か、東条ジムのトレーナーしてるんですよね? あ、奏介さんも義弟になるのか」


「すごい詳しいね」


「千歳さんからお伺いしました! いつもお世話になってるんです」


「へぇ。 ちーと仲良いんだ」


「はい。 以前、中田ジムにお伺いしたときに、千歳さんとお話しさせていただいてたんですけど、学校から帰ってきた竜介君がなぜかなついちゃって… ミット持たされました」


「あいつは人見知りしないからなぁ… 奏太と正反対だよ」


話しながらケーキを食べた後、仕事の話に切り替えたんだけど、副社長はまたしても制服を1000着注文。


カズさんも、バイト用のコックコートを10着注文し、詳細は後日連絡することになっていた。



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