第26話 罪悪感

結局、電車はすぐに発車することができずにいると、修哉さんが切り出してきた。


「タクシーで行くけど相乗りしてく? 寄るところあるから、会社の前でおろしてあげるよ」


「お願いします!」


思わず声をあげてしまうと、修哉さんはクスッと笑い、改札の方へと向かっていく。


すぐに修哉さんを追いかけ、タクシー乗り場に行ったんだけど、同じことを考えている人が多いせいか、タクシーは一台もなく、困り果てていた。



修哉さんと二人でタクシーを待っていると、私の会社の社用車が目の前に止まり、運転席から夏美が手を振ってきた。


「あれ? 夏美? どうしたの?」


「部長が買い出しついでに迎えに行けって。 ついでだから修哉君も乗って」


修哉さんは軽く会釈をした後、二人で車に乗り込んだんだけど、妙な違和感を感じていた。


「買い出しって何買いに来たの?」


「営業部に置いてあるコーヒーが切れたから買って来いってさ」


「あれってネット注文してなかった?」


「そうなんだけど、とにかく行けって」


「変なの…」


小さくつぶやくように言うと、夏美が修哉さんに切り出した。


「そういえば修哉君の会社、パティスリーKOKOってケーキ屋のHP作るんだって?」


「ああ、2号店だけどね」


「並ばないで食べれたりしない?」


「それは無理だよ」


「えー… あそこ、1時間待ちは当たり前じゃん。 顔パスで入れたりしないの?」


「無理。 そんな権限ないよ」


修哉さんがため息交じりに言うと、夏美は不貞腐れたようにし、夏美に切り出した。


「パティスリーKOKOって、確かコックコートの発注してたよね?」


「そそ。 松崎君が1号店に営業行ったときに出されて、食べてきたんだって。 限定ケーキが超高いんだけど、めっちゃ美味かったって自慢された。 連れてけっつーの」


「へぇ。 食べてみたいね」


何気ない会話をしながら修哉さんを目的地まで送り、買い出しをした後に会社へ向かっていた。



会社につき、しばらく作業をしていると、紗耶香ちゃんが出社してきたんだけど、紗耶香ちゃんは興奮したように切り出してくる。


「今朝見ました!? 私、終始見てたんですけど、あの親父、女の人のお尻を触ったと思ったら、自分で手を切ったんですよ!! バツ印に!! しかも両手!!」


「え? 自分で?」


「はい! カバンを足元に置いて、何するのかなぁって思ったら、左手を×に切って、その後右手を切ってました! 絶対、罪悪感がそうさせたんですよ!」


「…なんで止めなかったの?」


「だって、あの親父ムカつくじゃないですか! 毎朝毎朝… ホント、いい気味ですよ!」


紗耶香ちゃんは『当然』と言い切っていたんだけど、やっぱり違和感が残っていた。



修哉さんの言う通り、あの人が何度も痴漢で捕まっていたとしたら、なぜ今頃になって自傷行為をしたのだろう?


何度も捕まってたって話だから、慰謝料だって払ったはず。


それでも痴漢行為に対する衝動を止められなかったんだとしたら、もっと早い段階でカウンセリングを受けるなり、何らかの対処のしようがあったはずなのに、それすらせず、自傷行為に出てしまったことが、全くと言っていいほど理解できなかった。



それに、周囲には大勢の人がいて、紗耶香ちゃんのように見ていた人もいるだろうけど、誰一人として止めることもなく、出血している姿を呆然と眺めていただけっていうのもおかしい気がする。



…両手に大きな傷を作るまで待ってた? 女性の叫び声で気が付いたけど、みんなも叫び声で気が付いたのかな? あの後、駅員が来るまで誰も手を差し伸べなかったし、たまたま冷たい人に囲まれてたってことなのかな? なんか変なんだよな…



不思議に思いながら作業を続け、もやもやした気持ちのまま1日を終えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る