第24話 痴漢
明菜から電話があった後、なかなか寝付くことができず、完全に寝不足のまま朝を迎えていた。
睡魔と闘いながら準備をし、ウトウトしながら駅で電車を待っていた。
満員電車に乗り込んだ後も、ウトウトし続けていると、背後から囁く声が聞こえてくる。
「…寝不足?」
ハッとしながら振り返ると、修哉さんがやさしく微笑んでいた。
「あ、おはようございます。 夕べなかなか寝付けなくて…」
「少し寝る? 支えてあげるよ」
「だ、大丈夫です!」
耳元で囁くようにそう言われ、思わず大声を出してしまうと、周囲は刺すような視線で私を見てくる。
修哉さんは口元を拳で隠し、クスクスと小さく笑うだけ。
…朝から揶揄われた…
軽く不貞腐れながら修哉さんに背を向けると、修哉さんは背中にぴったりとくっつき、こめかみに唇が当たりそうなほどの近い距離で囁いてきた。
「…ごめん。 調子に乗った」
「いえ… というか、近すぎないですか?」
「痴漢防止策」
「修哉さんが痴漢に思われますよ?」
背を向けたまま、小声ではっきりとそう言い切ると、修哉さんはクスッと笑った後、姿勢を正していた。
会社最寄り駅につき、挨拶をしてから電車を降りていた。
会社に着き、部署の中に入るなり、紗耶香ちゃんが声を上げながら駆け寄ってくる。
「あかりさん! 聞いてくださいよ!! 今朝、痴漢にあったんです!!」
「へ? 痴漢?」
「そうです! 最初は手が当たってるだけだと思ったんですけど、だんだんお尻触り始めてマジムカつくの!!」
「駅員に突き出した?」
「ホント、あかりさんってわかってないですねぇ! いざ痴漢に合うと、声が出ないもんなんですよ!? 周りはスマホ見てるばっかで気にしてくれないし、マジで最悪なんですけど!!」
夏美とうんざりしていても、紗耶香ちゃんの勢いは止まらず、ずっと一人で騒ぎ続けていた。
滝川君が出社してくるなり、紗耶香ちゃんは滝川君を呼び止め、切り出してきた。
「ちょっと聞いてくれる!? さっき痴漢にあったの!!」
「ああ、あかりさんも痴漢にあってましたよね?」
「へ? いつ?」
「今朝っす。 ワイルド系イケメンが、背中にぴったりとくっついてたじゃないっすか。 なんかコソコソ話してましたけど、あれって痴漢すよね?」
「違う! あの人は知り合いだよ」
「なんだ。 イチャついてただけか…」
「イチャついてない! あの人はNファクトリーの子会社勤務で…」
そこまで言いかけると、夏美がねっとりとした視線で見ながら切り出してきた。
「Nファクトリーの子会社勤務でワイルド系イケメン? ふーん。 …詳しいことは昼休みに聞こうか」
「…はい」
夏美の提案にそれ以上のことが言えず、始業時間を迎えていた。
昼休みになると同時に夏美に連れ出され、ランチを食べに行くなり切り出された。
「Nファクトリーの子会社勤務で、ワイルド系ってことは修哉君?」
「そ、そうだけど…」
「へぇ~。 いつからそんな関係になったのかしら?」
「いつからって、たまたま電車で会っただけ。 先々週くらいに同じ最寄り駅に引っ越してきたらしいよ」
「え!? 家の場所を教えたら引っ越してきちゃった系?」
「教えてない! 大体、連絡先も知らないし…」
「んじゃただの偶然か」
「そうに決まってるじゃん。 そう言えばさ…」
夏美に悟のことを話したんだけど、夏美はかなり驚いたようで、目を大きく見開き、何度も「マジで?」と聞いてきていた。
「うん。 DVもあるみたいで、背中に×って縫い跡があったらしい」
「×ってさぁ… 野口さんみたいじゃない? あの人も舌にある縫い跡が×に見えるんでしょ?」
「え? そうなの?」
「うん。 部長が言ってたよ。 神経切断しちゃってるみたいで、味覚も温度も何も感じないんだって」
「こわ」
小さく身震いをしながら夏美の話を聞き続けていた。
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