第22話 初めて
滝川君が副社長とがっちりと握手をした帰り。
滝川君はテンションが高く、流暢に話し続けていた。
「いやぁ、あんなでかい案件取ったの初っすよ! 流石あかりさんですね!」
「私、何にもしてないじゃん」
「いやいや、資料を出すタイミングとかピッタリだったじゃないっすか! 俺が困りそうになると横から付け加えて説明してくれるし、さすがベテランって感じっす!」
「馬鹿にしてる?」
「してないっすよ! 夏美さんと言い、あかりさんと言い、うちの営業部は二人がいれば安泰っすよね!」
滝川君のテンションが高いまま会社に戻り、部長に報告をしていた。
部長は目を見開き、滝川君を誉め続けていたんだけど、紗耶香ちゃんは白い目で見てくるばかり。
無言の圧力を感じつつも定時を迎え、さっさと会社を後にしていた。
…なんか疲れた。 無言の圧力って地味に効くよなぁ…
電車に揺られながらそう思っていると、背後から聞き覚えのある囁く声が聞こえてきた。
「…お疲れ」
びっくりして後ろを振り返ると、そこには修哉さんが立っていた。
「あ、お疲れ様です。 帰りですか?」
小声で聞くと、修哉さんはぐっと顔を近づけ、耳元で囁いてくる。
「…病院。 風邪ひいて声出なかったんだ」
「お忙しいですね」
修哉さんは苦笑いを浮かべるだけで、それ以上話そうとはしなかった。
…ポリープの後は風邪か。 喉、弱いのかな…
そんな風に思いながら電車に揺られ、修哉さんに挨拶をした後電車を降りたんだけど、修哉さんも電車を降りてきた。
「ご用事ですか?」
「…先々週、引っ越したんだ」
「そうだったんですね」
少し辛そうに話している修哉さんに、それ以上話しかけることができないまま、改札を抜けてすぐ、別々の方向に向かって歩き始めた。
スーパーに寄った後、自宅に帰り、冷蔵庫を開けると、まだあると思っていたはずのお酒がなくなっている。
…あれ? もう飲んじゃったっけ? ちょっと控えなきゃなぁ…
夕食を作りながらそう思っていると、インターホンが鳴り響き、小さなモニターには藤田さんの姿が映し出されていた。
すぐに玄関を開けて対応すると、藤田さんは今にも泣きだしそうな様子で切り出してくる。
「度々すいません! これ、もらってくださぁい!!」
藤田さんの足元にある台車には、ビールや缶チューハイの段ボール。
「…え? そ、それどうしたの?」
「兄がこの会社の工場に勤めてるんです。 新パッケージにしなきゃいけなかったのに、古いまま印刷しちゃって、全部破棄しなきゃいけないらしくて… もったいないから貰えって。 私の周り、お酒飲める人がいないんです!! お願いします! もらってください!!」
「あー… これから用事ってある?」
「いえ、ありませんけど…」
「じゃあご飯食べていかない? いつももらってるお礼」
「…え? いいんですか?」
「シチューでよければどうぞ」
藤田さんを中に案内し、二人で夕食を食べていた。
話しながら夕食をとっていたんだけど、藤田さんは思い出したように切り出してきた。
「そう言えば、かなり前に、駅前で事故があったのご存じですか?」
「事故?」
「はい。 その人、ずっとこの辺をウロウロしてて、近所の人が通報したんですって。 警察を見た途端逃げたらしいんですけど、駅前で赤信号なのに飛び出して、トラックに轢かれてました。 駅のあたりって見通しもいいし、事故ったって話、初めて聞きましたよね」
「…それっていつくらい?」
「んと~、半年は経ってないかな? 池内さんが不在の時です。 あの人、たまぁにこのマンションに入ってたんだよなぁ…」
…もしかして悟? え? 温泉に行ってた時に電話がかかってきたけど、あの後事故ったってこと? あれ以降連絡がないのは、そういうことが原因?…
血の気が引くのを感じながら、藤田さんの話を聞いていた。
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